アンチワークの本質は「労働嫌い」ではなく「貨幣経済への違和感」ではないか

「働きたくない」という言葉を耳にするとき、私たちはつい、それを「楽をしたい」「怠けたい」という文脈で捉えてしまいがちです。しかし、本当にそうなのでしょうか。

近年注目される「アンチワーク」という考え方の根底にあるのは、単なる活動への忌避感ではなく、もっと根深い「システムへの違和感」であるように私には思えてなりません。

というわけで、今日は、労働への拒否感が指し示している「正体」について考えてみたいと思います。


人は本来「動くこと」が好きな生き物である

まず前提として、人間は本来、何もしないことを好む存在ではありません。

誰かの役に立つこと、身体を動かすこと、新しい何かを生み出すこと。こうした活動には、本来「自然な快さ」が伴います。趣味で野菜を作ったり、頼まれてもいないのにプログラミングに熱中したりするのは、その証拠です。

にもかかわらず、その活動が「労働」と呼ばれた瞬間に、私たちは強い忌避感を覚えます。この差異は、行為そのものの内容ではなく、その行為が「貨幣経済」という文脈に置かれていることに由来するのではないでしょうか。

つまりアンチワークとは、労働そのものの拒否ではなく、貨幣経済に組み込まれた「労働の在り方」への違和感ではないかということです。

「親切」を金で返されるときに生じる、あの拒絶反応

この違和感を紐解くヒントは、私たちの日常的な感覚の中にあります。 たとえば、自発的な親切に対して、相手からいきなり現金を差し出されたとき、多くの人は戸惑い、時には「そんなつもりじゃない」と怒りさえ覚えます。

ここで拒否されているのは、報酬そのものではありません。自分の行為の意味が、すべて「貨幣」に変換されてしまうことへの抵抗です。

  • 善意が「サービス」に変換される
  • 関係性が「取引」に変換される
  • 行為が「価格」を持つものへと還元される

この瞬間、行為は純粋な贈与ではなくなり、相手と自分の間に見えない「契約と拘束」が発生します。私たちが感じる怒りは、自分が冷徹な貨幣関係の中に引きずり込まれることへの、本能的な拒絶反応だといえるでしょう。

人類はまだ、貨幣経済に「馴染んでいない」

人類史を振り返れば、この違和感は極めて妥当なものです。 歴史の大半において、人間は「贈与経済」の中で生きてきました。そこでは行為が貨幣で即座に精算されることはなく、関係性はもっと長期的で、あいまいで、濃密なものでした。

一方で、現代の貨幣経済は、以下のような特徴を持ちます。

  • 行為を即座に数値化する
  • 関係を契約に置き換える
  • 義務と権利を明確に固定する

これは極めて人工的で抽象度の高い制度です。理屈では合理的ですが、私たちの身体感覚や感情のレベルでは、どこか「偽物の関係」のように感じられてしまうのです。労働への忌避感は、この人類史的に新しすぎる関係様式への戸惑いが噴出したものかもしれません。

労働の苦痛は「回避不能性」から生まれる

もちろん、「働くのは肉体的・精神的にしんどい」という側面も否定できません。しかし、その苦痛の正体もまた、貨幣経済と紐付いています。

たとえば肉体的な負荷について考えてみましょう。人は労働の負荷を忌避する一方で、自ら高いお金を払って、ジムでハードな筋トレに励みます。つまり、肉体的な苦痛そのものが問題なのではありません。

精神的な苦痛、特に人間関係についても同様です。もし、 「それは受け入れられない」 「ならば、明日からやめる」 という選択が可能であれば、それは耐えがたい苦痛にはなりにくいはずです。

しかし、現実にはそれができません。なぜなら、私たちの生活が貨幣に全面的に依存してしまっているからです。

お金は「自由の道具」であり「鎖」でもある

貨幣は、私たちに好きなものを買う自由を与えてくれました。しかし同時に、私たちを縛り付ける「鎖」にもなりました。

労働が貨幣を介したやり取りである限り、そこには常に以下の恐怖がつきまといます。

  • 収入を失うことへの恐怖
  • 生活基盤を失う不安
  • 社会的な脱落への恐れ

さらにそこには次のような根源的な恐怖もつきまといます。

  • 負債に縛られる恐怖
  • それによって自由を失う恐怖

パワハラが成立してしまうのも、理不尽な要求に「ノー」と言えないのも、その背後に貨幣による拘束があるからです。「負債で縛りつけ、逃げ場がない」状態に追い込むことーーそれこそが、労働を耐えがたい苦痛に変えている真犯人なのです。


アンチワークは、健全な感受性のあらわれ

以上のことを踏まえると、労働への忌避感は次のように定義できるかもしれません。

「貨幣が生む負債観念が人を縛り、逃げ場を奪うことを、無意識のうちに理解しているがゆえに生じる警戒反応」

親切をお金で返されることへの違和感も、アンチワークの感情も、その根底にあるのは共通した直感です。それは、「お金は自由をもたらすものであると同時に負債という鎖でもある」という真理への気づきです。

労働を嫌うことは、決して怠惰ではありません。 むしろ、貨幣経済が持つある種の「暴力性」に対する、きわめて健全で人間らしい感受性のあらわれだと言えるのではないでしょうか。

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