「腐るマネー」と「ベーシックインカム」に共通するもの

「お金」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか? 多くの人が真っ先に連想するのは、「いつまでも変わらない価値」ではないでしょうか。かつてそれが裏付けとして持っていた金(ゴールド)のように、錆びることも朽ちることもなく永遠に価値を保ち続ける。それが私たちが抱くお金の常識です。

しかし、「価値が変わらない」というまさにその性質こそが、経済の停滞と貧困を招いているとしたらどうでしょう。

今回は、そんな問いかけを導きの糸に、経済思想家シルビオ・ゲゼルが提唱した「腐るマネー」と、現代の「ベーシックインカム(BI)」との意外な親和性について紐解いていきたいと思います。

「腐るマネー」は、20世紀初頭に活躍した経済思想家シルビオ・ゲゼルが提唱した概念です。彼の発想は独創的かつシンプルでした。他の自然物がすべてそうであるようにお金も腐るべきーーつまり減価すべきだというのです。

その具体的手法として考案されたのが「スタンプ紙幣」でした。これは紙幣の裏面にスタンプ欄を設け、毎月一定額のスタンプを購入して貼らなければ無効になるというちょっと変わった仕組みのお金です。使わずに貯め込んでいると、その分コストがかかるーー。つまり、スタンプ紙幣はお金を減価させることでその退蔵を防ぎ、流通を促すためのマネー、すなわち「腐るマネー」だったのです。

この一見奇抜な発想の裏には、資本主義経済に対する深い問題意識があります。ゲゼルは、経済が停滞する原因は、貨幣が取引に使われず「ため込まれる」ことだと考えました。ではなぜため込まれるのでしょうか? それはお金が「腐らない」からです。他のモノは時間とともに価値が減るのに、お金だけは(インフレなどの例外を除き)価値が減りません。だから人々は、お金を「確実に価値がなくなることがわかっている通常の商品」と無闇に交換するより貯める方を選ぶーーそう彼は分析したのです。要するに、スタンプ紙幣はお金と一般商品との間にあるこの不平等を是正し、貨幣を本来の「取引手段」として機能させるための仕掛けだったのです。

このアイデアは実際に試されたことがあります。1930年代、オーストリアのヴェルグル市はこの「スタンプ紙幣」を導入し、世界恐慌で低迷していた地域経済を立て直すことに成功しました。またドイツの炭鉱町シュヴァーネンキルヘンでも同様の成功例が報告されています。しかし、貨幣発行は中央銀行の専権事項とする政府の圧力がかかり、これらの試みはほどなく中止に追い込まれます。こうして、この腐るマネーはいつしか歴史の片隅へと追いやられてしまいました。

興味深いのは近年、このアイデアが再び注目を集めていることです。背景にあるのは、暗号通貨に代表される電子的な価値管理技術の急速な進歩です。アナログな紙幣では実用性に難のあったスタンプ方式の減価管理も、デジタル技術なら簡単に実現できます。そのため、この「腐るマネー」を暗号通貨として再現しようという動きが出てきているのです。技術がようやくアイデアに追いついてきたと言えるでしょう。

ここで、腐るマネーとベーシックインカム(BI)との接点に目を向けてみましょう。両者は一見まったく別のものに見えますが、そこには共通するものがあります。それは「貨幣の退蔵こそが経済停滞を生む元凶である」という認識です。

BIは全ての人に定期的な所得を保障する制度です。これは見方を変えれば、自然に任せておくと一部に滞留する性質があるお金を定期的に回収し、社会に還流させるための仕組みと見ることもできます。すなわち、そこには腐るマネーと同様の問題意識があるといえるでしょう。しかも、ここに腐るマネーの仕組みを組み込めば、貨幣循環をさらに強力に促進できるようになります。たとえばBIを腐るマネーで支給すれば、人々は受け取ったお金をすぐに消費や投資に回さざるを得なくなります。そうなれば、経済の血液である貨幣の流れはより活発になり、社会はより健康かつ強靭なものになるでしょう。

さらに、腐るマネーにはインフレ抑制効果も期待できます。景気が過熱すれば減価率(実質的な税率)を上げればよいだけだからです。ここには現行の政策より柔軟で即効性のあるマクロ経済調整ツールとなり得る可能性も秘められています。

もちろん、BIは腐るマネーがなくとも実現可能ですし、現行の通貨体制においても導入は十分可能です。しかし、将来的な貨幣制度の改革を視野に入れるならば、「腐るマネー」というコンセプトはおおいに検討する価値があるといえるでしょう。

私たちはこれまで、お金を「貯める」ことが美徳であると教えられてきました。しかし、個人の貯蓄が経済全体では需要不足を生み、結果として社会に不安と停滞をもたらします。腐るマネーは、そんな従来の貨幣観に一石を投じます。お金は、ため込むものではなく、回すもの。腐ってしまうからこそ動き出すーー。そんなお金があってもよいのではないでしょうか。

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