「お金のない世界」で自由を担保するものは何か?

SNSなどを見ていると「お金のいらない社会を目指そう」という主張をしばしば目にします。
貧困、格差、環境破壊、戦争――たしかに、現代社会を悩ます問題の多くが、その根底においてお金と密接につながっています。そう考えると、「諸悪の根源はお金なのだから、それをなくしてしまえばいい」という発想が出てくるのはきわめて自然なことです。

しかし、お金を悪者扱いする前に、一度立ち止まって考えてみてください。もし明日からこの世からお金が消え、すべてが「善意」や「助け合い」で回る社会になったとして、私たちは本当に今より幸福になれるのでしょうか。

結論からいえば、そうはなりません。というのも、お金には単なる交換手段以上の役割があるからです。その役割とは何でしょうか? それは「自由」を担保する役割です。

「お金がなかった時代」の温かくて、息苦しい真実

ここで、お金が今ほど一般的でなかった時代を想像してみましょう。
中世ヨーロッパや、近世以前の日本の村落社会では、生活に必要なものの多くが地域共同体の中で生産・分配されていました。そしてその獲得および交換にあたっては、お金ではなく相互扶助などの贈与原理がもとになっていました。

一見しただけでは、これはとても温かく、人間的な社会に思えるかもしれません。実際、そうであったのも事実でしょう。

しかし同時に、そこには重大な問題もありました。そうした人間関係の輪の中に入れない人はその恩恵が受けられないという負の側面です。

よそ者、価値観の異なる人、共同体の規範になじめない人は、支援の輪からこぼれ落ちやすく、場合によっては食料も仕事も、さらには寝る場所さえ得られない可能性がありました。つまり、生存そのものが「共同体に受け入れられるかどうか」に左右されていたのです。

お金がもたらした「匿名性」という名の解放

しかし、そこへ貨幣経済が入ってきたことで状況は一変しました。

お金さえあれば、共同体の成員であるかどうかにかかわらず、誰でも必要な物資が手に入るようになったのです。

お金の最大の特徴は、「匿名性」にあります。 店でパンを買うとき、店主はあなたが「どこの誰か」や「村のルールを守っているか」を問いません。問われるのは、差し出されたお金の価値だけです。

この仕組みは、合理的である反面、冷たいものに感じられるかもしれません。
しかし同時に、これは共同体の承認から個人を解放する仕組みでもありました。

お金さえあれば、共同体の外にいても、生きるための手段を得ることができる。これは「経済的自由」と呼ばれるものの出発点となりました。

贈与経済への「逆戻り」がはらむ危険

もちろん、そこには新たな問題も生まれました。お金にひもづく自由は、裏を返せば、お金を持たない人は生活に必要な物資やサービスが得られなくなり、事実上、生きていけなくなることを意味するからです。

また、お金をめぐる競争が激化し、貧富の格差も拡大する一方となりました。その結果、どうなったかは、その行き着いた先である現代社会を見れば明らかでしょう。

それでもなお、お金があることのメリットは特筆されるべきです。共同体からの承認がなくても、お金さえあれば、誰であろうと生存と自由が確保できるからです。これはとくに、伝統的な価値観に馴染めない人々や、マイノリティにとって決定的に重要な変化でした。

私が市場経済を強く批判しながらも「市場をすべて廃絶し、贈与経済のみに移行すべき」と主張しないのは、このためです。贈与経済だけの社会では、自由が損なわれる恐れがあります。しかも贈与はしばしば個人的な感情や人間的なつながりに左右されます。それは、再び「共同体による承認」を求められる不自由な世界へと逆戻りする危険性をはらんでいます。もしすべての物資が「誰かの善意」で配られるようになったら、私たちは再び「配ってくれる人に嫌われないよう顔色を伺う」という、不自由な世界に逆戻りしてしまうでしょう。

お金がいらなくなる「前提条件」

将来的に、お金のいらない社会が実現する可能性はあります。本音を言えば、私もいつかはそうなるだろうし、そうなるべきだと考えています。

ただし、お金のいらない社会を実現する上ではどうしても欠かせない前提条件があります。
それは、「お金に頼らなくても、個人の自由を担保できる具体的な仕組み」が存在することです。

ただ「お金をなくしたい」と願うだけでは不十分です。
お金がこれまで担ってきた役割――とりわけ自由の担保――を、何が代替するのか。その具体的な仕組みを考えない限り、「お金のいらない社会」という理想はかつて共産主義が陥ったように自由のない窮屈な社会を招き寄せる危険性があります。

「善意」という不安定なものに頼らず、なおかつ「共同体」という牢獄にも戻らない。 そんな新しい自由の形が見つかったとき、初めて私たちは、お金という道具を卒業できるのかもしれません。

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