なぜ財源がないように見えるのか?

ベーシックインカム(BI)をめぐる議論では、必ずといっていいほど「財源がない」という声が上がります。これに対して前回の記事では「財源を社会の余剰ととらえる観点」から根本的な反論を試みました。

とはいえ、多くの人が財源がないと考えているのも事実です。では、なぜ本来は存在するはずの財源が「ないように見えてしまう」のでしょうか。

その理由は大きく二つあります。

理由① お金が貯蓄として退蔵されているから

ひとつ目の理由は、社会に存在するお金の多くが貯蓄として退蔵されていることです。もちろん貯蓄は個人の権利であり、それ自体が悪いわけではありません。しかし、一度貯蓄として個人の私有物になってしまうと、たとえ使い切れずに眠っていたとしても、それは他人が自由に使える「財源」ではなくなります。

仮に政府が「社会的弱者を救うために一部を財源として提供してほしい」と呼びかけたとしても、快く応じる人は少ないでしょう。

これが財源がないように見えてしまうひとつの理由です。要するに財源となるべき社会の余剰がことごとく私有財産として吸収されてしまっているせいで、外からは「財源が枯渇している」ように見えてしまうのです。

理由② 貯蓄が増えるほど、供給力が下がるから

これも貯蓄に関係しますが、もうひとつの理由があります。先に述べたように、お金が消費に回らず、貯蓄に向かう割合が高まると、経済全体の供給力は低下します。

ここで重要なのは、「供給力=財源」という視点です。この捉え方に立つなら、供給力の低下は、そのまま財源の減少を意味します。つまり、こちらは単なる錯覚ではなく、実際に財源が失われていく現実的なプロセスといえるでしょう。

「へそくり家計」のたとえ

この状況は、「収入の一部がへそくりとして隠されている家計」にたとえると理解しやすいかもしれません。たとえば、ここに毎月50万円の収入がある父親が、30万円をへそくりとして隠し、家族には「収入は20万円しかない」と伝えている家庭があるとしましょう。

専業主婦の母親と2人の子どもたちは、この20万円でやりくりしなければならず、家計は常に逼迫しています。

さらに奇妙なのは、いつしか父親自身まで「自分の稼ぎは本当に20万円しかない」と思い込むようになり、自分の生活も切り詰めてしまっていることです。その結果、栄養不足に陥り、体力を失い、最終的には本当に月に20万円しか稼げなくなってしまった、というケースです。

このような状況から脱するにはどうすればよいのでしょうか。簡単です。隠していた毎月30万円のへそくりを家計に戻せばよいのです。そうすれば、家族全員が十分な食事をとれるようになり、父親も健康を回復して、再び月50万円を稼げるようになるでしょう。

そればかりか、子どもたちが栄養を十分に摂って健やかに育てば、やがてそれぞれが月に50万円を稼げる大人になるかもしれません。そうなれば、家計全体の収入は20万円から150万円へ一気に跳ね上がります。

このたとえ話は、そのまま国の経済にも当てはまります。へそくりのように退蔵された貯蓄を経済の循環に戻すことができれば、経済は再び成長を始め、国全体の供給力も高まります。結果として財政赤字問題も自然に解消へ向かうでしょう。

この例からもわかるように、私たちは、財源がないと思い込んでいるにすぎません。財源はあります。そして、今問われているのは、その財源、すなわち主に金融経済部門に滞留している膨大な貯蓄をいかにして吐き出させ、どうやって再び市中に戻し、循環させるか、そのための工夫です。その鍵を握るのがBIであるのはもはや言うまでもないでしょう。

次回は、政府通貨発行による財源確保という、もうひとつの、そしてより現実的な手法について見ていきます。

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