
贈与経済圏の再生・強化ーーBIがもたらす第三の変化
BIがもたらす第三の大きな変化は、贈与経済圏の再生・強化です。贈与経済圏というのは、市場原理と異なる原理ーーおもに贈与原理ーーで動く領域を指します。家族や地域社会、また友人同士の関係などがその代表例です。そして、現在、この贈与経済圏は市場経済の侵食により崩壊の危機にさらされています。しかしすでに考察したように、BIにはそれを再生し、強化する働きがあります。
ではそれが再生・強化されたとき、社会にはどのような変化が起こるのでしょうか? 今回はそれについて考えてみたいと思います。
1.贈与文化の拡大
ひとつは、贈与文化の拡大です。
BIによって最低限の生活が保障され、物質的・精神的にゆとりが生まれると、人々は貸し借りを厳密に数値化する市場経済的な等価交換原理から距離を置けるようになります。
そうなると社会には自然に贈与原理が復活し、それに伴い、見返りを厳密に求めない助け合いや、無償の親切といった贈与文化が広がっていくでしょう。なぜなら人間同士の相互扶助の基底にある贈与原理とそこから派生する贈与文化は古代から現代にいたるまで人類史を通して普遍的に見られるものであり、それこそが本来の社会のあり方だからです。現代において、それが縮小しているのは、資本主義経済下で等価交換原理の強い圧力にさらされた結果、一時的に抑圧された結果にすぎません。したがってBIによって等価交換原理が弱まれば、贈与文化が復活し、拡大するのは当然の帰結といえるでしょう。
2.地域コミュニティの再生
ふたつ目は、地域コミュニティの再生です。
BIによって生活のために過剰に働く必要がなくなれば、その分、家族や友人、地域社会に割ける時間とエネルギーが増えます。これにより、かつて存在していた共同体的な関係性が、少しずつ取り戻されていくでしょう。
その結果、かつて存在していた共同体的な関係性が徐々によみがえり、助け合いや支え合いが再び活発になると考えられます。顔の見える関係の中で生きる感覚が戻ることは、個人にとっても社会にとっても大きな意味を持ちます。
3.社会の安定性向上
三つ目は、社会の安定性が向上することです。物心両面でのゆとりをもたらすBIは、他者への寛容性を育むと同時に治安を向上させることで、次のように安定した社会の実現にも寄与することになります。
●助け合いや親切が増える
生活に余裕が生まれることは、心理的にもゆとりをもたらします。その結果、他者に対する寛容度が増すでしょう。
たとえば、店員に対する過剰なクレームやカスタマーハラスメントは減少するでしょう。職場や公共の場での対人トラブルも少なくなり、人間関係はより穏やかなものへと変わっていく可能性があります。
●治安の向上と犯罪の減少
経済的困窮が原因となる窃盗や詐欺、暴力事件などは確実に減少するでしょう。貧困が引き金となる家庭内暴力や児童虐待も、同様に減ると考えられます。
さらに経済的不安が取り除かれることで、社会全体の治安が改善され、より暮らしやすい生活環境がもたらされるでしょう。
4.聖性の保護
最後に、贈与経済圏の再生・強化がもたらす、もうひとつの重要な変化について触れておきたいと思います。それは「聖性の保護」、より正確にいえば、聖性の保護機能の復活です。
世の中には、金儲けの対象にしてはならない領域が存在します。それは「聖なる領域」、あるいは「禁忌」としてみだりに踏み込むことが許されない領域です。例えば、人の生死や信仰といったものは、通常、金儲けの対象にしたり、その道具として利用したりすべきではないとされています。これらの領域は、人間の尊厳と聖性に直結するものであり、商取引の対象とすることは冒涜と見なされているからです。
かつて、こうした領域は社会の深層――つまり「贈与経済圏」の内奥――に慎重に秘匿され、厳格に管理されていました。これによって市場原理の浸透からそれらの領域が守られてきたのです。いわば、贈与経済圏が、そのための“結界”としての役割を果たしていたのです。
しかし市場経済が極度に肥大化した現代では、その結界が破られ、宗教ビジネスや、不幸・災害・虐待を広告収入のために消費するコンテンツなどが横行するようになりました。これらは、人間の尊厳や悲しみさえも商品化する、市場主義の暴走だといえるでしょう。
このような状況が生まれた背景には、贈与経済圏の衰退があります。贈与経済圏が衰退した結果、市場経済の侵入を許し、これまで幾重にも張られた結界の奥深くに守られていた「聖なる領域」までもが市場原理に侵されるようになってしまったのです。
私たちは、こうした流れを食い止めなければなりません。そして、聖なる領域を市場経済の侵食から守る必要があります。なぜなら、それを放置すれば人間の尊厳が損なわれるばかりか、最終的には私たちが人間であることの最後の条件までも失ってしまうからです。
では、どうすればそうした流れを食い止め、聖なる領域を守ることができるのでしょうか。
それは、贈与経済の再生・強化によって可能になります。なぜなら、聖なる領域を市場原理の侵食から守ってきたのは贈与経済圏が持つ聖性の保護機能であり、守れなくなったのは贈与経済圏が弱体化したことでその機能を失ってしまったからです。
そして、そのための具体的な方策として有効なのがBIです。すでに考察したようにBIには、贈与経済圏を再生・強化する機能があるからです。
こうしてみるとわかるように、BIは単に衣食住を賄うための福祉制度ではありません。それは、人間の尊厳と社会の基層部分を守るための目に見えない「結界」でもあるのです。
