
価値観の変化と多様化ーーBIがもたらす第二の波
BIがもたらす第二の変化は、価値観の変化と多様化です。具体的には次のような変化が予想されます。
1.お金に対する価値観の変化
生活に必要な最低限のお金がすべての人に保障されるようになると、お金そのものが持つ意味が大きく変わります。特に重要な変化は、拝金主義の衰退です。
これまで私たちは、「お金を持っている人=成功者」「富裕層=勝者」という図式を無意識のうちに内面化してきました。しかし、BI社会では、この常識が揺らぎます。その結果、単に多くのお金を所有しているだけの人は、もはや社会的な尊敬や羨望を受けにくくなるでしょう。
場合によっては、「なぜそこまでお金に執着するのだろう?」と不思議に思われたり、距離を置かれたりするかもしれません。ちょうどギャンブルにのめり込む人が現在そうであるように、お金儲けにあくせくすることが、一般人には理解のおよばない少し風変わりな嗜好として捉えられる可能性があります。
これについては、著名な経済学者であるジョン・メイナード・ケインズが、約100年前に興味深い指摘を残しています。彼は、富の蓄積が社会的な重要性を失ったとき、人々の「お金」に対する見方は大きく変化し、現在の世界を覆っている「金銭愛」はもはや美徳ではなく、むしろ犯罪や心の病に近い、嫌悪すべき傾向とみなされるだろう、と予言しています。
こうしたお金に対する価値観の変化は、お金に縛られない社会を招き寄せます。預金の多寡や年収で人格的な価値までも判断される社会から、そうでない社会への転換です。そこは、お金のある無しは人間としての価値とは無関係であり、たとえ預金残高がゼロであっても別段、恥ずべきこととはみなされない社会です。
2.労働観と人生観の変化
BIの導入は、労働に対する考え方にも大きな変化をもたらします。とりわけ重要なのは、職業と社会的地位の結びつきが弱まる点です。
これまで職業は、その人の社会的地位を示す指標のように扱われてきました。たとえば、医師や弁護士は高い地位の象徴とされる一方で、清掃員や介護職などは一段下に見られる傾向にありました。しかしBIが導入されれば、こうした職業による序列意識は次第に薄れていくと考えられます。
それと同時に、人々の関心は「どのような職業に就いているか」ではなく、「どのように生きているか」へとシフトしていくでしょう。なぜなら、BIによって生活のために必ずしも労働する必要がなくなれば、収入や肩書きに縛られることなく、本当に自分がやりたいことを選ぶ人が増えるからです。これにより、職業で人間の価値を判断する現在の風潮は、次第に薄れていくと予想されます。
さらに、このような変化は、エッセンシャルワーカーの地位向上にもつながる可能性があります。これまで軽視されがちだった清掃員や介護職などは、生活のために仕方なく就く仕事ではなく、むしろ志や使命感を持つ人が自発的に選ぶ仕事へと変わるかもしれません。その結果、これらの職業に対する社会的な評価も自然に変わっていくでしょう。
3.社会の価値観の変化
労働観に限らず、社会全体の価値観も根本から変わっていくものと予想されます。中でも重要なのが、次の三つの変化です。
(1)競争から共生へ
資本主義社会は、競争原理によって成り立っています。しかし、BI社会では競争原理は次第に影を潜めるでしょう。なぜなら、競争は「欠乏」を前提としますが、生活が保障されるBI社会では欠乏感が緩和されるため、人々を過剰な競争に駆り立てることができなくなるからです。
過剰な競争圧力から解放された時、人間は本来の姿に立ち返ります。元来、人間は社会的な存在であり、敵対し合うよりも、助け合うこと、すなわち共生を求めるのが自然な姿です。したがって、BI社会では過剰な競争は息を潜め、代わりに分かち合いを重視する「共生」の価値観が、新しい社会的規範として定着していくでしょう。
(2)交換から贈与へ
資本主義社会の基本原理は「等価交換」です。労働に対しては賃金を、商品に対しては代金を支払うといった形です。しかし、BI導入後は、この等価交換原理が弱まり、代わりに不等価交換を含む贈与原理が相対的に強くなってくるでしょう。
生活の基盤が保障されれば、対価を求めない行為が広がりやすくなるからです。その結果、例えば、趣味の表現活動やボランティア的なコミュニティ活動など、お金を介さない贈与的な活動が拡大するでしょう。さらにこうした動きは、市場経済とは異なるもう一つの生活基盤である「贈与経済圏」を再生・強化するとともに、それをより豊かに育んでいくことになるでしょう。
(3)未来志向から今ここ志向へ
資本主義社会は、将来への備えを強く求める社会です。貯蓄や投資、キャリア形成など、多くの行為が「今ここのため」ではなく「未来のため」に行われています。
しかし、BIによって将来への不安が軽減されると、人々の意識は次第に「今ここ」へと向かいます。その結果、本当にやりたかった仕事や趣味、家族との時間を大切にし、現在の充実を重視する生き方が広がっていくでしょう。「いつかのために我慢する人生」から、「今を生きる人生」への転換です。
4.メリトクラシーの弱体化と寛容性の拡大
BIは、能力や生産性によって人間を評価するメリトクラシー(能力主義)をも揺るがすでしょう。「社会に役に立つかどうか」ではなく、「存在そのものに価値がある」という視点への転換が起こるからです。
これにより、障害者や高齢者、子育て中の人々など、これまで生産性という尺度では低く評価されがちだった人々への理解が深まることが予想されます。彼らはもはや「支援されるべき存在」ではなく、「共に生きる存在」として対等に受け入れられるようになるでしょう。このような認識の変化は、生活保護受給者や貧困層に対する偏見の緩和にもつながるものと期待されます。
同時に、社会全体の寛容性も高まるでしょう。人は心に余裕がないとき、しばしば他者に対して攻撃的になります。しかし、BIによって生活が安定し、物質的・心理的な余裕が生まれれば、他者に対してより寛容になれます。そうなれば「人は人、自分は自分」という自由な生き方が尊重される社会になり、その結果、「こうあるべきだ」「こうすべきだ」といった同調圧力からも多くの人が解放されるでしょう。もちろん、これは他者への無関心からくる孤立主義ではなく、他者を尊重する「健全な個人主義」というものです。
このように、BIにはお金や能力によって人間を序列化するメリトクラシーを形骸化させ、人間関係をより柔軟で調和的なものへと変えていく可能性があります。その導入によって、社会はより寛容で、ゆとりのあるものになっていくでしょう。
次回は、BIがもたらす「表層的な変化」として「贈与経済圏の再生・強化」について見ていきます。
