社会的物語の書き換えを迫るベーシックインカム

——ベーシックインカムがもたらす深層変化

ベーシックインカム(BI)が導入されれば、私たちの暮らしや働き方が変わる——これはよく語られます。しかし、その変化はもっと深いレベルにまで及ぶかもしれません。
そのひとつが「社会的物語」の書き換えです。

社会的物語とは何か?

「社会的物語」とは、その社会に生きる人々が無意識のうちに共有している価値観や信念、世界観のことです。
どんな職業を尊いとみなすか。
どう生きることが「正しい」とされるのか。
何に価値があると考えるのか。

こうした集合的な価値の体系が、社会全体の行動規範を形成しています。

私たちは普段それを意識しませんが、社会的物語は人々の行動や選択を深く規定し、それによって社会の形そのものがつくられています。

フーコーの「生権力」と社会的物語

ここで参考になるのが、哲学者ミシェル・フーコーが示した「生権力」という概念です。

生権力とは、近代国家が人々の生活に介入し、「こう生きるべき」という規範を形成し、行動を方向づける力のことです。これを社会的物語の一形態ととらえると、それが人々の認識、世界観、アイデンティティを形作る上でいかに大きな影響力を持っているかがより鮮明に浮かび上がってきます。

そのことを理解するため、ここでひとつの素朴な問いを立ててみましょう。

私たちは現在、教師や医師の仕事を立派な職業ととらえていますが、それはなぜなのでしょうか?

教師や医師の地位は、いつから「高く」なったのか?

じつは、歴史を振り返ると、教師や医師は現代ほど高い地位を持っていたわけではありません。

たとえば江戸時代においては、武士という少数の特権階級を対象とした官吏養成機関である藩校という例外を除けば、一般国民を対象とした教師という職業自体、ないも同然でした。強いて捜せば私塾の塾頭あたりがそれに相当するのかもしれませんが、その社会的地位もそれほど高いものではありませんでした。せいぜい下級役人と同等、もしくはそれ以下とみられていました。

医師も同様です。実のところ、江戸時代以前の日本において医師という職業の社会的地位はそれほど高いものではありませんでした。それどころか場所によっては血や病いといった「穢れ」を扱う職業として一段下に見られる場合すらあったといわれます。

ところが明治以降、教師と医師の地位は急速に上昇しました。

これは一体どういうことなのでしょうか? なぜこのような逆転現象が起こったのでしょうか?

実はここにこそ生権力が関係しています。

さらに深掘りしてみましょう。

近代国家が必要とした「働くべし」という物語

欧米諸国や日本などの近代国家の多くは資本主義国家として誕生しました。これらの資本主義国家の至上命題は「生産力の増強」と「国力の増強」でした。いわゆる「富国強兵」です。そのため、近代国家は「生産すべし」「働くべし」という生権力を採用し、人々にその規範に沿って生きることを強制しました。その結果、働くこと、生産することの価値が社会的に高く評価されるようになったのです。

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明治維新後、教師や医師の社会的地位が急激に上昇したこともその文脈から理解できます。

教師は国民をより生産性の高い労働者に育て上げる役割を担い、医師はその労働者の健康を管理することで、国全体としての生産力向上に貢献します。彼らは資本主義国家を運営するうえで欠かせない存在です。それゆえ彼らには国家権力によって意図的に高い社会的威信が付与されたのです。言い換えれば、近代国家の生権力が、教師と医師を社会的に権威ある存在へと押し上げたのです。

もちろん、このことは他の職業ーーたとえば技術者、科学者、法曹家、国家官僚(加えて戦前は軍人も)ーーにも当てはまります。これらの職業もまた「富国強兵」に欠かせないものだったからこそ、現在、高い社会的地位が与えられているのです。

つまり私たちが「当たり前」だと考えている職業観は、国家が必要とした社会的物語の産物にすぎないのです。

物語が変われば、社会も変わる

ここから見えてくるのは、近代国家と生権力ーーつまり社会的物語ーーとの強い結びつきです。

また、両者がこれほど強く結びついているということは、一方の社会的物語が書き換われば、他方の近代国家もまた必然的に変わらざるをえないことを意味します。

そして、いうまでもなくBIは「働くべし」という社会的物語の書き換えを迫るものです。したがって、それは近代国家としてのあり方にも大きな変化を迫ることになります。もちろん、それに代わってどのような新しい物語が生まれてくるかはわかりません。しかし、少なくとも、「働くべし」という社会的物語の書き換えは、とりわけより強くそれに依存してきた現在の社会体制を時代遅れのものとすると同時に、それに代わる新たな社会体制を招き寄せるのは間違いないといえるでしょう。

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