
国からの贈与としてのBI──贈与経済を内側から活性化する力
前回の記事では、贈与経済圏を拡大・強化する方法として「助け合い精神の復活」が重要であり、その実現を後押しする仕組みとしてベーシックインカム(BI)が有効であることを論じました。
しかし、BIと贈与経済の関係には、もうひとつ見逃せない側面があります。それはBIそのものが、贈与経済を内側から活性化させる力を秘めているという点です。
今回は、この点について掘り下げてみましょう。
■ 贈与経済とは「返礼を引き起こす力学」でもある
まず押さえておきたいのは、贈与経済とは「贈与原理」で動く経済だということです。前回の記事では贈与原理を「助け合い精神」と捉えた上で説明しましたが、ここではもう少し踏み込んで、贈与が返礼を促す心理的な仕組みと捉えてみたいと思います。
誰かに食事をご馳走になったり、プレゼントをもらったりしたとき、なんとなく「お返ししないと落ち着かない」という気分になった経験は、多くの人にあるはずです。
これは、人類の心に深く刻まれた心理的メカニズムです。
贈与を受けると「負債観念」が生じる
この負債観念は返礼するまで解消されない
解消したいという気持ちが、返礼行動を生む
この心のダイナミズムこそが、贈与経済を回す原動力なのです。
■ BIは「国からの贈与」として働くのか?
さて、その上でBIに目を向けてみましょう。
無条件で給付されるBIは、ある意味、国から国民への贈与とみなすことができます。国家から国民への無条件給付という性格を持つ以上、そうとらえるのはけっして不自然ではありません。そして、そうとらえた場合、BIに対してもなんらかの返礼圧力が国民の間に生じることが考えられます。つまり、BIという贈与がひとつのトリガーとなって国民の間にそれに対する返礼を促す圧力が生まれる可能性があるということです。
ただし、ここで重要なのは、
その返礼圧力は政府や権力者に向かうのではなく、国民自身へ向かう
という点です。
なぜなら、民主主義国家では政府は国民の代理人に過ぎず、給付主体はあくまで国民自身だからです。
したがって、その圧力は政府や権力者に対してではなく、むしろ国民自身へ向かうのが自然な流れというものでしょう。
では、そういった国民自身に向かう返礼圧力とは具体的にどのようなものなのでしょうか?
■ 国民自身へ向かう「返礼圧力」はどんな形になるのか?
それは人によってさまざまな形態をとることでしょう。
ある人は、今の仕事に従来以上の情熱を傾けることで、顧客満足をより高めようとするかもしれません。またある人は美味しい料理を作ったり、部屋をきれいに整えたりすることで家族に快適な生活環境を提供しようとするでしょう。別のある人は近隣住民を支援する地域活動を通して、もしくは被災地でのボランティア活動を通して社会に恩返ししようとするかもしれません。はたまたある人は音楽や文学、漫画といった創作活動を通して他者の心を豊かにしたり、文化の発展に寄与しようとするかもしれません。さらに、ヨーガや瞑想に精進することで、人知れず社会の平和と安寧に貢献する人もいるでしょうーー。
これらはいずれも、強制ではなく、自発的で、創造的で、他者の幸福に資する行動です。
このように、BIには、国民の間に社会貢献や相互扶助への意識を高めることで、贈与経済圏を内側から活性化する効果があります。これはある意味、日本古来の伝統であるお陰様意識の復活ともいえるかもしれません。つまり、社会は自分一人だけで生きているのではなく、全てがつながり、互いに支え合っているのだという古人の知恵が再び多くの人の心に浮上してくるということです。
もちろん、こうした贈与的な行動がGDPにどれほど貢献するかはわかりません。おそらく大いに貢献するだろうと私は考えていますが、しかしそうでなくても別にかまいません。たとえ数字に表れなくても、それらが私たちの生活に彩りを与え、社会に良い影響を与えることは間違いないからです。
■ BIは本来「贈与」ではなく「分配」である
ただし、ここでひとつ念押ししておきたいことがあります。それは、先ほどの話と矛盾するようですが、BIは厳密には贈与ではなく、分配であるということです。
先ほどあえて「贈与としての側面」で議論を展開しましたが、BIは本来、
国民が
主権者として
民主的に決めたルールに基づき
国民自身に分配する
という仕組みです。
したがって、BIに対しては贈与的な負債観念を感じる必要はまったくありません。そして、ここで述べたことは、あくまでもそうみなした場合の仮定の話です。
もちろん、国からの贈与ととらえるのは可能だし、またそれは個人の自由でもあります。しかし、贈与ととらえるとBIがもつ経済的な本質ーーすなわち国民自身による民主的な再分配という側面ーーが見えにくくなるおそれがあります。ここでは、それに対する注意喚起を兼ね、あえてBIがもつ分配としての本来の性格を強調した次第です。
■ 「返礼圧力」を政治的に利用される危険性は?
とはいえ、それでもなお、なんらかの返礼圧力はおそらく生まれるでしょう。BIに贈与としての側面があるのはまぎれもない事実だからです。しかし、仮にそれが生じたとしても、それは上から押し付けられるものではなく、下から自然発生的に生まれるものです。しかも、今見たように、それらの多くは自発的かつ創造的な活動であり、社会をより豊かにし、強靭にすることが期待されるものです。そうである以上、そこには特段の問題は生じないはずです。それらは民衆レベルで自然発生的に生まれる郷土愛のようなものであり、いわば健全なパトリオティズムの発露にすぎないからです。
さらにいえば、そうした圧力を利用し、「国のため」という名目で強権的な政策を押し付けてくる全体主義的政権が現れる可能性がないとはいい切れません。けれど、全体主義の台頭は、BIの有無にかかわらず、どの国でも起こりうる問題です。何もBIが全体主義を招きよせるわけではありません。したがって、それはBIとは切り離して考えるべきまったく別の問題であり、BIを議論するにあたっては、必要以上に懸念する問題ではないといえるでしょう。
