市場経済の侵食から贈与経済圏を守るための戦略

すでに考察したように、市場経済を社会に埋め戻す方法には「市場経済の膨張力の抑制」と、「贈与経済圏の防衛・強化」というふたつがあります。

前回までは、そのうち市場経済の膨張力の抑制について検討してきましたが、今回からはもうひとつのアプローチである贈与経済圏の防衛と強化について検討してみます。

その前に贈与経済圏の現在の状況について確認しておきましょう。

瀕死の状態にある贈与経済

残念ながら、家族や地域コミュニティといった「贈与経済圏」は今、瀕死といってよい状態にあります。

かつては当たり前だった「向こう三軒両隣」の助け合いや、親族間でのケアーー。こうした「贈与経済」に基づく人間同士の関係は今や急速に失われつつあります。

原因は、言うまでもなく市場経済の拡大です。以前 例に挙げた外食産業や介護産業の隆盛はその象徴的なあらわれといえるでしょう。

市場経済は「合理的で効率的」です。これに対し、昔ながらの贈与経済は、時に因習的で、手間がかかり、不合理な側面があります。 「面倒な近所付き合いより、お金を払ってサービスを受けたほうが気楽だ」――多くの人がそう考え、市場経済の利便性を選ぶのは、ある意味自然な流れだったといえるでしょう。

しかし、ここには自然な流れではすまされない深刻な問題があります。それは、贈与経済圏の弱体化が市場経済によるさらなる侵食を招くことです。

ここにあるのは、次のような負の連鎖です。

  1. 助け合い(贈与経済)が弱る
  2. 生きるために市場サービス(お金)に頼らざるを得なくなる
  3. 市場経済がさらに拡大し、贈与経済の領域を侵食する
  4. さらに助け合いが弱る……

私たちが今、直面しているのは、まさにこの負の連鎖という問題です。そして、どうやってこの負の連鎖を断ち切るかーーそれこそが今、私たちが取り組むべき最大の課題となっているのです。

では、どうすればこの負の連鎖を断ち切れるのでしょうか?

これに対しては、ふたつの方策があります。ひとつは市場経済の贈与経済圏への侵食を防ぐこと、もうひとつは贈与経済圏を活性化し、逆に市場経済圏を侵食するくらいに強化することです。

つまり次の二つの戦略です。

  1. 防衛戦略: 市場経済のこれ以上の侵食を防ぐこと
  2. 反攻戦略: 贈与経済の領域を広げること

防衛戦略

まずは、防衛戦略の方から見ていきましょう。

市場経済から身を守るといっても、具体的に何をすればよいのでしょうか? ここで鍵となるのが、「消費主義への抵抗」です。

消費主義への抵抗

消費主義とは、「たくさんのモノを消費することこそが美徳である」とする考え方です。そして、企業はそれを巧みに利用し売り込みをかけてきますから、生活者からすれば不要なものを買わせる圧力となってあらわれます。じつは、これこそが市場経済による贈与経済圏への浸透圧力の正体です。

したがってその圧力を減じるには、消費主義への抵抗力を強化すればよいということになります。

では、どうすれば消費主義への抵抗力を強化できるのでしょうか?

それを探る上でヒントとなるのは、広告です。なぜなら、消費主義の先兵として私たちを絡めとろうとやってくるのは「広告」だからです。

広告は、巧妙な仕掛けで私たちの消費意欲を刺激し、購買へ導こうとします。そして、その際、利用されるのは、私たちの「不満」と「不安」です。

広告はまず、「あなたには何かが足りない」と指摘し、現状を否定します。「このままでは不完全で不幸だ」と思わせることで、不満と不安をかきたてるのです。そして、そこに生まれた心の隙をつくようにこうささやきます。「その不足感は、この商品を買えば埋められますよ」と。 これが、私たちを終わりのない消費という無限地獄へと誘い込む広告の手口です。

しかしながら、これは逆にいえば、不満と不安が少ない人は、消費主義にからめとられにくいことを示しています。ということは、消費主義に対抗するためには不満と不安を減らすのが効果的ということになるでしょう。


「清貧」だけでは守りきれない

では、どうすれば不満と不安を減らせるのでしょうか。

ひとつの方策として考えられるのは、反消費主義的なライフスタイルを広めることです。自給自足や節約生活、ミニマリズム、「丁寧な暮らし」など、できるだけお金を使わないシンプルな暮らしを志向する生活スタイルです。

しかし、この方法には大きな欠陥があります。そうした生活は、誰もが実践できるわけではないからです。

たとえばお金に頼らないーーつまり電気も水道も使わないーー自給自足の生活は、決して楽なものではありません。そこには農作業や家事に朝から晩まで追われる過酷な労働がありますし、そのような暮らしをしているからといって人生についてまわる不安や不満と無縁でいられるわけでもありません。 したがって、こうしたライフスタイルは万人向けではないし、そうである以上、現実的にもあまり有効な方策とはいえないでしょう。

であれば、他にはどのような方法があるのでしょうか?


抵抗の砦となるベーシックインカム

じつは、もっとシンプルで強力な方法があります。それは、お金を配ることです。すなわち、ベーシックインカムの導入です。

なぜ、お金を配ることが効果的なのでしょうか? お金を配れば、不満と不安を直接、減らすことができるからです。

当たり前ですが、不安と不満というのは、安心と満足の欠如です。そして、お金があれば、それらの欠如をある程度、埋めることができます。そうである以上、現代社会において、不安と不満を解消する最も手っ取り早い手段がお金であることは誰も否定できないはずです。

もちろん、生きている限り、不安や不満を完全になくすことは不可能です。しかし、最低限の衣食住が保障され、将来への不安が減少すれば、少なくともその分だけ不満と不安が減るのは間違いありません。そうなれば、心の隙も生まれにくくなり、結果として、消費主義に煽られて不要なモノを買ったり、不安を埋めるための浪費に走ったりすることもその分、確実に減るはずです。

このように、BIは、不満と不安を減らす上でもうひとつの、そしてより確実な手段になりえます。つまり、BIは消費主義への抵抗力を強化するためのより強力でより現実的な切り札になるのです。

「毒を以て毒を制す」ーーワクチンとしてのBI

とはいえ、これに対しては疑問をもつ人もいるかもしれません。それだと市場経済の侵食を防ぐどころか、自らそれを招き寄せるようなものではないのかーーと。

たしかにそういった側面があるのは否定しません。けれど、これはいわば毒を以って毒を制するようなものです。もっとわかりやすいたとえでいうなら、ワクチンのようなものといえるでしょう。

ワクチンは、あらかじめ弱毒化した病原体を体に入れることで免疫を作り、本物の病原体から身を守る仕組みです。もちろん、本来であれば、体に備わった自然免疫の働きによってそうなるのが理想です。しかし、免疫力が衰えている場合や、病原体の毒性が強すぎる場合には、ワクチンの力を借りざるを得ないのも現実です。

お金を配るのも、これと同じ理屈です。

本来、生活における最低限の安心と満足を提供するのは、家族や地域社会などの贈与経済圏の役割でした。しかし、市場経済の侵食により、縮小・弱体化した贈与経済圏は、今やその機能を十分に果たせなくなっています。すなわち自らの力だけでは市場経済という外部の圧力に抗することが難しくなっているのです。言い換えれば、自然治癒力だけではもはや市場経済の圧力をはね返すことができないほど、社会の免疫機構が損なわれている、ということです。

このような状況では、ワクチンのような外部の力を借りる以外にないでしょう。

ここで、お金を「市場経済化という感染」をもたらす「病原菌」とみなせば、BIは、それを「弱毒化」したワクチンとみなすことができます。つまり、お金を直接配るという行為は、一見すれば市場原理のさらなる浸透を促すようにも見えますが、じつはそうではありません。その本質は贈与経済圏の「免疫力」を強化し、市場経済のそれ以上の侵食を防ぐための予防的措置ーーワクチン接種ーーに他ならないのです。

ここまで、市場経済の侵食から贈与経済を保護するための防衛戦略について考察してきました。次回は、贈与経済圏そのものを強化し、市場経済によって奪われたその本来の領域を回復するための反攻戦略について検討してみたいと思います。

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