お金の支配を乗り越えるベーシックインカム

これまでの記事では、資本主義の行き詰まりとその原因について考察してきました。今回は、その行き詰まりをベーシックインカム(BI)がどのように乗り越えるのか、その道筋を考えてみたいと思います。

前回確認したように、資本主義が抱える根本的な問題には二つあります。一つは、市場経済と贈与経済の相克、もう一つはAIの進化がもたらす構造的な衝撃です。

であれば、この二つの課題――肥大化した市場経済を再び社会の中に埋め戻すこと、そしてAIがもたらす衝撃に対応する方策を見出すこと――に取り組めば、行き詰まりを乗り越える道筋も見えてくる、といえるのではないでしょうか。

ちなみに「肥大化した市場経済を再び社会の中に埋め戻す」という主張は何も私のオリジナルではありません。すでに何度か触れた経済人類学者カール・ポランニーも同じことーー社会が市場に従属してしまう現在の逆転状態を正し、市場を社会の枠組みの中に再び埋め戻す必要があるーーを主張していたことを思い出してください。

ということで、まずはこの「市場経済を社会に埋め戻す」という課題から検討してみましょう。

市場経済を社会に埋め戻すとはどういうことか

ところで、「市場経済を社会に埋め戻す」とは具体的に何を意味するのでしょうか。それは、市場が社会の規範や価値観から逸脱しないよう、きちんと社会的な枠組みの中に位置づけ直すことです。社会が市場の下位に置かれてしまう現状を正し、市場を社会の一部として再構築するということです。

では、そのためにはどうしたらよいのでしょうか? 鍵となるのは、次の二つです。

  • 市場経済の膨張圧力を抑えること
  • 贈与経済の領域を防衛し、強化すること

まずは、市場経済の膨張圧力を抑えるというテーマから見ていきます。

市場経済の膨張をもたらす三つの力

さて、では、どうすれば市場経済の膨張圧力を抑えることができるのでしょうか? ここで以前、考察したことを思い出してください。市場経済が肥大化してしまう背景には次の三つの力があります。

  1. 利益へのあくなき欲求
  2. 競争原理がもたらす圧力
  3. 利子が強いる成長圧力

これらに共通するものは何でしょうか? それは利益をめぐる争いです。そしてそれは同時に貨幣をめぐる争いでもあります。なぜなら貨幣は利益を形にしたものだからです。すなわちここにあるのは貨幣に対するあくなき欲求とそれをめぐる争いにほかなりません。

ということは、こう結論づけてもいいはずです。市場経済の膨張圧力を生み出しているのは、貨幣に対するあくなき欲求ーーいわゆる貨殖欲求ーーであると。

では、人々はなぜこれほどまでに貨幣を求めるのでしょうか。その秘密を解く鍵は、貨幣が持つ特別な力ーー貨幣権力ーーにあります。

貨幣権力とは何か

貨幣権力とは何か? これは簡単には答えられない難しい問いです。ここでは、「貨幣を持つことで得られる支配力や影響力」と大まかに定義した上で、次の四つの側面からその本質に迫ってみたいと思います。

① 欲望を叶える力

一つ目は、欲望を叶える力です。お金があれば、ほとんどの欲望を満たすことができます。とくに貨幣経済が社会の隅々にまで浸透した現代社会ではお金さえあれば、手に入らないものはないといっても過言ではありません。すなわちお金には事実上、ほぼ無限の欲望を叶える力があるのです。

② 人を支配する力

二つ目は、人を支配する力です。貨幣には、人を動かす力があります。労働力を買い、知識やスキルを買い、場合によっては影響力すら買うことができます。「お金で人も買える」という言葉が象徴するように、貨幣には人を従わせる力があります。つまりお金は人を支配し、従わせる手段にもなるのです。

③ 栄誉を引き寄せる力

三つ目は、栄誉を引き寄せる力です。現代社会では、お金は社会的ステータスの象徴になっています。そのため、お金を持つ人は、それをどのように得たかとは関係なく、人々の尊敬を集めることができます。これは、経済学的な考え方だけでは説明のつかないある意味、呪術的な力です。人が必要なレベルを超えて際限なくお金をかき集めようとするのも、とどのつまりはこの呪術的な力を求めてのことです。

④ 安心を得る力

四つ目は、安心を得る力です。将来は不確実で、何が起こるかわかりません。だからこそ、人は日頃から貯金をするのです。蓄えがあれば、予期せぬ出来事が起こっても、あわてることなく冷静に対処できるからです。このように、お金には不安を和らげ、安心を得る力があります。つまり、お金は安心も買えるのです。これもまた、お金が持つ力のひとつです。


こうしてみると、貨幣には一般にいわれる交換手段や価値の貯蔵といった機能を超えた、さまざまな「力」があるのがわかります。そして、それは、要するに「この世の栄耀栄華をほしいままにできる魔術的な力」でもあります。ある意味、人知を超えた強大な「呪力」ーーそれこそが、ここで私たちが探求しようとしている「貨幣権力」なるものの正体といえるでしょう。

貨幣権力を生み出すもの

しかし、ここで疑問が湧いてきます。なぜ貨幣にはこれほど強大な力があるのでしょうか? もう少し深掘りしてみましょう。

ここでヒントになるのは、「経済学には貨幣をひとつの商品とみなす考え方があるが、なぜ他の商品には同じような力がないのか」という問いです。

実は、貨幣には他のあらゆる商品とは異なる、決定的な3つの特殊な性質が備わっています。そして、その特殊な性質こそが、貨幣に特別な力ーーつまり貨幣権力ーーを与えているのです。

では、その特殊な性質とはなんでしょうか? 次の三点です。

1. 永遠に朽ちない(価値の保存)

通常、あらゆるモノは時間とともに劣化します。食品は腐り、服は破れ、最新のスマホもいずれ壊れます。 しかし、お金はどうでしょう? インフレという例外を除けば、その価値は変わりません。 「万物が朽ちゆく無常の世界で、唯一朽ち果てない存在」 ーー。この「永遠性」こそが、お金を地上の神のような特別な地位へと押し上げているのです。

2. 時間とともに増殖する(利子)

お金には「利子」がつきます。貸し出せば、減るどころか増えて戻ってきます。 通常の商品は「時間=劣化」ですが、お金には「時間=価値の増大」という別の法則が働くのです。これが人々の「もっと欲しい」という欲望を刺激します。これも貨幣だけがもつ特別な性質です。

3. 何にでもなれる(高い流動性)

お金は、どんなモノとも即座に交換できます。これを「流動性」と呼びます。 たとえば、土地や絵画でパンを買おうと思ったら、まず現金化する手間がかかりますが、お金なら即座に取引が成立します。この圧倒的な使い勝手の良さーーつまり流動性の高さーーが貨幣に特別な性質を与えているのです。


これら三つの性質が結びつくことで、貨幣は単なる商品ではなく“特別な権力”を持つようになりました。つまり、これらの性質が貨幣をたんなる商品を超えた特別な存在へと押し上げたのです。だからこそ貨幣は現代社会においてこれほどの力を手にするようになったのです。

余談ですが、このような貨幣の圧倒的優位性を「貨幣の王権」と名付け、批判したのは、19世紀の社会思想家ピエール=ジョゼフ・プルードンです。貨幣がもつこの絶対的な権力こそが諸悪の根源であるとみた彼は、「貨幣の王権を打ち倒せ」と叫んで、政治改革とともに貨幣改革の急先鋒に立ったのです。

以上、貨殖欲求とその根底にある貨幣権力についてやや詳しく考察してきました。ここで重要なのは、貨幣権力(への渇望)が貨殖欲求を動機付けているという点です。そして、貨殖欲求が市場経済の膨張圧力を生み出していることはすでに考察した通りです。ーーということは、こう言い換えてもよいのではないでしょうか。市場経済の膨張圧力を生んでいるのは、貨幣権力である、と。

次回の記事では、ベーシックインカムがどのように貨幣権力を弱め、市場の暴走を止めるのか、という核心部分に踏み込みたいと思います。

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