
なぜ私たちは「国からお金をもらう」ことを怖がるのか?
ベーシックインカム(BI)の導入について議論するとき、必ずと言っていいほど耳にする反対意見があります。それは、「BIは国民を国家の奴隷にする制度だ」という主張です。
「政府からのお金で生きるようになれば、首輪をつけられたも同然ではないか?」 「もし支給を止められたら生きていけない。だから政府に逆らえなくなる」
一見すると、もっともらしい懸念に思えます。しかし、この主張を冷静に紐解いていくと、そこには大きな誤解と因果の取り違えがあることがわかります。今回は、この「BI奴隷制度論」に対して反駁してみます。
誤解1:政府が「気まぐれ」で支給を止める?
まず最も広く聞かれるのが、「BIを導入すると、国家に生殺与奪の権を握られる」という主張です。
ーーBIはあくまで政府からの「施し」である。政府の気まぐれでいつ停止されるかわからない。生活の基盤を人質に取られれば、国民は政府に抵抗する気力も手段も失うだろう。
これが反対派の言い分です。しかし、ここには前提からして大きな誤解があります。
政府は「支配者」ではなく「下請け」である
私たちは民主主義国家に生きています。BIが導入されるとしても、それは民主的な手続きを経て決定されるものです。
この仕組みにおいて、政府とは国民を支配する「王様」ではありません。国民の代理として実務を行うたんなる「下請け機関」です。
もしBIの支給額が減らされたり、制度が変更されたりするとしても、それは独裁者が勝手に決めることではなく、選挙や議会という民主的なプロセスを経た「国民の判断」の結果であるはずです。そこに、権力者の恣意的な意思が入り込む余地は本来ありません。
それは「BI」の問題ではなく「政治体制」の問題
「いや、政府が勝手に止めるかもしれないじゃないか」と反論する人もいるでしょう。
しかし、もし政府が恣意的にBIを止めたり、国民を脅したりできる状態だとしたら、それはすでに民主主義が機能不全に陥っている証拠です。つまり独裁国家化しているということを意味します。
独裁国家であれば、BIがあろうがなかろうが、国民はすでに「奴隷」状態にあります。BIを導入したから奴隷になるのではありません。この因果関係を取り違えてはいけません。
誤解2:お金をもらうと政府に逆らえなくなる?
「生活費を国に依存すると、政治的に言いなりになる」という主張もよく聞かれます。しかし、この理屈が現実離れしていることは、今の日本社会を見れば明らかです。
年金受給者は「奴隷」ですか?
現在の日本で、事実上、国からのお金(年金)を頼りに生活している高齢者はたくさんいます。では、彼らは「国家に生殺与奪の権を握られた奴隷」でしょうか? 政府の言いなりになり、抵抗する気力を失っているでしょうか?
事実はまったく逆です。
むしろ、高齢者層は非常に高い投票率を誇り、政治に対して強い影響力を持っています。若者から「シルバー民主主義だ」「高齢者が政治を牛耳っている」と不満の声が上がるほど、彼らは政治的にアクティブであり、政府もその声を無視できません。
ーー年金生活者(=国に生活を依存している層)が、政府に対して最も強い発言力を持っている。
この現実一つをとっても、「BIで生活保障を受けると、政府に支配される」という懸念がいかに的外れであるかがわかるでしょう。
結論:BIは権利であり、支配の道具ではない
こうしてみるとわかるように、「BIによって奴隷になる」という主張は、民主主義の原則や現在の社会保障(年金)の実態を無視したただの感情論にすぎません。
BIは「お上からの恵み」ではなく、民主主義国家における「国民の権利」として運用されるべきものです。私たちがその主権を手放さない限り、それが奴隷制度の鎖になることはないのです。
