「お金がすべてになる世界――その終着点を想像する

――市場経済の矛盾を見つめる思考実験

前回の記事では、ポランニーがいう「悪魔の挽き臼」によって、社会を支える贈与経済圏が縮小・解体されつつある現実について述べました。

では、もしこの流れに歯止めがかからず、そのまま突き進んでいった場合、私たちの社会はどうなってしまうのでしょうか。

今回は、その帰結を確かめるために、「贈与経済が消えた後の世界」を想像する思考実験を行ってみたいと思います。

■ 贈与経済圏が消滅した先にある世界

贈与経済とは、お金を介さない互助・ケア・家庭内労働・地域の付き合いなど、人間生活の基盤を構成する領域です。
一方、市場経済はお金の論理で動く世界であり、行為やモノには必ず値段がつきます。

もし贈与経済圏が縮小し続け、市場経済だけが肥大化すれば、理論上、社会のあらゆる活動が貨幣化されていくことになります。つまり、そこはあらゆるものが金銭で測られ、取引の対象となる世界です。では、そこにある社会は一体どんな姿をしているのでしょうか?

以下、その世界で起きうる変化をいくつか見てみます。

家族の変質:家事はすべて有料に

まず大きく変わるのは「家族」です。

掃除、洗濯、料理といった家事は、家族としての役割ではなく、すべて有料サービスとして扱われます。妻が夕食を作れば、夫も子どもも代金を支払う必要があり、日常の家事がすべて取引として記録され、家族全員が確定申告を行うことになるでしょう。

子どもも例外ではありません。食事をするにも、衣服を洗ってもらうにもお金が必要になります。

子どもは「投資商品」の世界

では、子どもはそのお金をどこから得るのでしょうか。

その支払いは「親からの貸付」という形になります。子どもは成長し、収入を得るようになった段階で、利子付きで返済する契約を結ぶことになります。それはまるでストックオプションのようなものであり、子どもが成功して莫大な富を築けば、その利益が親に還元されるという仕組みです。

しかし、そうなると子どもは「家族の一員」ではなく「投資商品」として扱われます。期待される収益が見込めない子どもは、欠陥商品を返品する感覚で政府が運営する「子ども廃棄所」に送られるでしょう。

会話にすら料金が発生する社会

この世界では、人と話すだけでもお金が必要です。
会話することは、相手の時間を消費することだからです。

さらに、その際、使用した言語にも料金が発生します。英語、日本語、どの言語を使っても分量に応じて課金される仕組みです。ちなみにその社会では、日本政府は、漢字の知的所有権を持つ中国に対して、国民の代わりに毎年莫大な使用料を支払っています。

太陽光や空気が「有料化」される未来

さらに、太陽光や空気もお金を出して買う商品になります。巨大企業がそれらの「所有権」を握って独占的に販売しているからです。そのため、人々はお金を払って初めて日光を浴び、呼吸ができることになります。逆にお金がない人は太陽光を浴びることもできないし、空気を吸うこともできません。

その結果、貧困層はとくに危険な立場に置かれます。十分な収入がないため呼吸すら満足にできず、多くの人が命を落とすでしょう。富裕層も、明日には資産を失うかもしれない不安と隣り合わせで、常にパニック的な争奪戦が発生しています。

ちなみに「水」に関しては、水道の民営化という形で現実の世界でもすでに「有料化」が進んでいることは皆さんもご存知の通りです。

■ 「誇張に見える」こと自体が思考実験の正しさを裏付けている

ここまで読むと、「いくらなんでも誇張しすぎでは?」と思われるかもしれません。

しかし、この思考実験の本質は「そんな社会が現実になる」という話ではありません。
問いたいのはむしろ、

贈与経済が完全に崩壊した社会は、そもそも成り立つのか?

という一点です。

結論は明らかです。
成り立ちません。

なぜなら、感情、信頼、無償のケア、人間関係、地域の支え――こうした贈与の領域を失った社会は、機能しようにもその基盤が存在しないからです。

「誇張に見える」という感覚ーーまさにそれ自体が、私たちの社会がいかに贈与経済の存在によって守られているかを示しているともいえるでしょう。

■ 市場経済が贈与経済を食いつぶすという矛盾

ここまで見てきたように、市場経済は贈与経済を侵食し、やがて破壊してしまう傾向を本質的に持っています。

しかし皮肉にも、市場経済は贈与経済なしには生きられません。
両者の関係は、まるで宿主と癌細胞のようです。

市場経済=癌細胞

贈与経済=宿主

癌細胞は宿主の養分を奪いながら増殖しますが、宿主が死ねば自分も死にます。同じように、市場経済が贈与経済を侵食し尽くせば、社会という基盤は崩壊し、市場経済自身も成り立たなくなります。

この自己矛盾こそが、資本主義が抱える根本的な危機であり、まさに現代社会の「行き詰まり」の原因そのものといえるでしょう。

贈与経済は、ただの「無償の善意」ではありません。社会の基礎インフラそのものです。
市場経済は、その土台を前提に存在しているにもかかわらず、その土台を破壊する方向へと進んでいます。

資本主義の矛盾を理解するうえで、この「贈与経済と市場経済の構造的な相克関係」は避けて通れません。
そして、この矛盾を解消するための手段を考えることーー。それこそが、今の私たちが何を置いても先に取り組むべき最重要課題なのではないでしょうか。

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