お金というコモンズの悲劇

金は天下のまわりもの

「金は天下の回りもの」という格言がある。古くから言い継がれてきたこの言葉は、お金の本質を鋭く言い当てている。これは、お金が本来、個人の私有物ではなく、社会全体で循環させるべき公共物であることを示す言葉である。たとえるなら、お金は社会の血液のようなものであり、それが人々の間を滞りなく流れることではじめて社会は健全に機能する。すなわち、お金は天下をめぐってこそ本来の役割が果たせるし、そうなってこそ天下は安泰になり、繁栄するという意味である。

もうひとつ、ここで押さえておくべきなのは、お金と富を混同してはならないことだ。富とは一般に土地や建物、絵画などの個人が占有できる資産を指す。それは個人の私有物であり、自分の手元に置いておくのは自然なことだし、そうすることにとくに問題はない。しかし、お金は違う。お金は人々が価値を交換するための媒介物であり、経済を回すために欠かせない道具である。だが、その有限な道具が一部の人によって占有され、他の人が使えない状態になってしまえば当然ながら経済の循環は損なわれ、社会の活力は失われる。

これは河川にたとえると理解しやすい。河川は人や物資を運ぶことで人々の暮らしを便利にし、経済的繁栄をもたらす。しかし、もし人々が「この水は俺のものだ!」と言って河川の一部を堰き止め、その水を自分の溜池に流し込んだらどうなるか? そうなれば、川はしだいに干上がり、やがて人も物資も運べなくなるだろう。そして流域は大きな経済的・社会的ダメージを受けることになる。もちろん堰き止めた人も同様だ。当初は通行料が得られて一時的には豊かになるかもしれないが、流域全体が困窮するにしたがい、最後には自らも困窮することになる。

お金もこれと同じである。お金も河川と同様、誰もが使えるからこそ、売り買いが活発化し、経済的繁栄が生まれる。なのに、一部の人が占有し、他の人が使えないようにしてしまったなら、売り買いが低迷し、経済的・社会的な衰退を招く。だからこそ、お金をため込んではならない、世の中に回すべきだといういましめの意味を込めて、故人は「金は天下の回りもの」と言ったのである。先に、コモンズーー社会の共有資源ーーの話をしたが、こうしてみるとお金もまた社会の共有資源であり、コモンズであるといえるだろう。

お金がコモンズの悲劇に見舞われている

経済学には「コモンズの悲劇」という概念がある。これは社会全体の共有資源であるコモンズが一部の者により独占的に利用された結果、資源が枯渇してしまう現象を指す。この言葉を借りて言えば、お金が一部に偏在し、他の多くの人が使えなくなっている今の状況は、まさにお金というコモンズが悲劇に見舞われている状況といってよいだろう。

じつは不況や貧困をはじめとする経済問題の多くも、この「お金をめぐるコモンズの悲劇」から生まれてくる。日本経済が長期にわたって低迷している背景にも、このお金というコモンズの悲劇が一因としてある。ーーお金を使うよりため込むことを優先する人が増えると、経済が低迷し、景気が悪くなる。景気が悪くなると将来への不安から人々は消費を控え、さらにため込む人が増えるーー。今の日本経済が陥っているのはまさにこの負のスパイラルである。そして、この負のスパイラルを生じさせているのが「お金をめぐるコモンズの悲劇」であるのはいうまでもない。

税金はお金を退蔵したことへの罰金

またこのお金をめぐるコモンズの悲劇は、納税に対する誤った認識も生んでいる。近年、納税を「社会貢献」として称賛する風潮があるが、それは本質的な誤解にもとづくものである。今見たようにお金は本来、コモンズであり、個人の私有物ではない。その観点からすれば、税金とは本来、コモンズであるお金を社会から期限を超えて借りたことに対する超過レンタル料のようなものといえる。その点、より多くのお金を手元に留めておく者は、それだけ多くのコモンズを借りていることになるのだから、より多くのレンタル料を支払うのは当然である。したがって税金を払うのは、なにも称賛されるべき特別な「善行」ではないし、そうみなすべきでもない。それどころかお金を退蔵したことへの警告であり、罰金とみなすべきである。

では、現代社会に多くの悪影響をもたらしているこの「お金をめぐるコモンズの悲劇」を解消するにはどうしたらよいのか? すでに見たように、その根底にあるのは、お金を富と混同し、個人の私有財産とみなす間違った考え方である。そのせいで、お金が本来の交換手段として使われず、奪い合い、ため込む対象となってしまっているのが問題の本質である。ということは、そのような間違った考え方を訂正すると同時に、お金をため込むのではなく、使うことを促すよう、何らかの動機付けを行えばよいという結論になるだろう。

そのための有効な手段となるのが、ベーシックインカム(以下BI)である。BIはたんなる社会保障政策ではなく、お金というコモンズに対して、誰もが一定水準まで自由にアクセスできるよう保証する仕組みである。いわば、お金がもつ「コモンズとしての本質」を、具体的な社会制度として可視化するものといってもよい。同時にそれは、本書で繰り返し述べているように「貨幣権力」を弱体化させることを通して、貯蓄性向の低下と消費性向の上昇を促す働きもある。つまり、そこには、ため込むことより使うことを動機づける仕組みが内包されているのである。

したがって、BIが導入されれば、不況や貧困、格差をはじめとする現代社会を悩ませている多くの問題は自然に解消、または軽減されることになるだろう。そして、その時こそ、「金は天下の回りもの」という言葉が単なる格言ではなく、実際に目に見える成果をもたらす経済的真理であることを、多くの人が身をもって体験することになるのである。

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