貧困者には金の稼ぎ方を教える前に金を与えよ
ひと昔前、貧しい人へは金を直接与えるのではなく金の稼ぎ方を教えるのがよいとされた。
金を与えるとすぐ使ってしまい、「おかわり」を要求されるだけで生活改善につながらないというのが理由だ。
たしかにそれは経済学的には正しい方法かもしれない。
だが、心理学的には必ずしもそうではない。
その日暮らしで精一杯の人には明日のために何かをやろうという気持ちすら芽生えないからだ。
NGOなど先進国による発展途上国への援助の多くが失敗に終わったのもそのせいだ。
喉が渇いて動けない人には何はともあれ応急措置として水を飲ませる必要があるが、それもせず水場を探す方法をこれから教えるから俺の言うことを聞け、と言ってもうまくいかないのは当たり前であろう。
これはベーシックインカムの背景にある考え方でもある。
貧困状態にある人に無理やり労働を強制して金を得させるというやり方ではうまくいかない。
そうではなく、まず先に金を与えるべきだ。
そうすれば貧困状態にある人も一息つけるし、そうなれば一息つけた人から働き出すだろう。
それがベーシックインカムに内蔵された社会的活動を促す制度設計だ。
もちろん一息つけるまでどのくらいの金額と時間が必要かは人によって異なる。
一口に貧困といってもさまざまなレベルがあるし、そこには外からはうかがいしれない複雑な事情があるからだ。
けれど必要な額の金さえ与えつづけていれば、いつの日か一息つける日が必ずやってくる。
そうして物心両面でゆとりができた人は、やがて誰に促されることなく自ら職を求め、生活改善に乗り出すことだろう。
もちろん全員がそうなるとは限らない。だが、その大多数が、遅い早いの違いはあれど必ずそうなることは間違いない。