ベーシックインカムは人を怠惰にするのか?

ベーシックインカムは人を怠惰にするーー。よくそういってベーシックインカムに反対する人を見かけるが、しかしそれは浅薄な人間理解に基づく謬見というものだ。

こういう場合、極端なケースを考えるとわかりやすい。ここでは、空気が有料になった社会を想定してみよう。汚染かなにかで空気が希少になり、そこの住民は空気ボンベを店で定期的に購入しないと死んでしまう社会だ。そしてその社会がそれでもなんとかうまく回っているというケースだ。

ある時、それに疑問をもった住人が異議を唱えた。「空気が有料なのはおかしい!」。

これに対してある人が反論した。「空気を無料にしてしまったら、働かなくても生存できるじゃないか? 働かなくても生存できるんだったら誰も働かなくなるだろう。空気は必ず労働と引き換えに供給されなければならない。そうしなければ社会は怠惰に陥り、やがて崩壊してしまうだろう」。

ここにあるのは、人間の欲望というものに対する過小評価である。あるいはこの世界にいるのはみな足るを知る聖人君子ばかりだと思い込んでいるのかもしれない。しかしいうまでもなく人間というものはそれほど無欲恬淡な存在ではない。飢えが満たされれば腹一杯食いたいと思い、腹一杯食えるようになれば、うまいものが食いたいと思い、さらにうまいものが食えるようになったら今度は珍しいものを食いたいと思う‥。それが人間というものである。

本来人間の欲望というものには限りがない。放っておいたら宇宙船で宇宙の果てまで行って、美味、珍味を求めるのが人間の性というものである。

ベーシックインカム程度のはした金で、そうした人の性がきれいさっぱり消えさるなどということは万に一つもない。仮に万が一そうなったらーー、それは全員が悟りを開いた聖人君子ばかりの理想社会になったということであり、それはそれで人類の精神史における偉大な達成として諸手を挙げて歓迎し、また祝うべきことであろう。