AIがぜんぶやってくれる世界で、「価値」はどこへ消える?

——自動化とベーシックインカムの必然性

登場人物

  • 先輩(A): 「働かざる者……」の価値観が少し揺らぎつつある。AIの進化には期待半分、不安半分。
  • 後輩(B): テクノロジーと経済の関係に興味津々。未来を楽観的に捉えている。

第2幕:ロボットは「価値」を生み出すのか?

先輩(A): さっきの話(贈与経済が土台にある話)はなんとなく分かったよ。でもさ、これからもっとすごい時代が来るだろ? AIとかロボットだ。 もし工場での生産も、事務作業も、全部AIがやるようになったら、「人間の労働」は限りなくゼロになる。 そうなると、労働価値説に従えば「世の中の価値がゼロになる」ってことにならないか?

後輩(B): 鋭いですね! それは経済学でも「オートメーションのパラドックス」なんて呼ばれたりする超難問です。

後輩(B): でも、想像してみてください。 完全自動化された工場で、AIが24時間休まずに最高品質のスマホを山のように作り続けいれば、スマホの値段はどうなります?

先輩(A): 人件費がかからないんだから……めちゃくちゃ安くなるだろうな。タダ同然になるかも。

後輩(B): ですよね。 理論的には、人間の労働(コスト)がゼロに近づけば、商品の価格(交換価値)も限りなくゼロに近づきます。 「価値が消える」というよりは、「あらゆるモノが空気や水のように、安くてありふれたものになる」と言ったほうが正しいかもしれません。

矛盾:モノはあるのに、買う人がいない?

先輩(A): いいことずくめじゃないか。安く手に入るなら、働かなくても生きていけるし。

後輩(B): ところが、ここで一つ「バグ」が発生するんです。 先輩、もし世の中の仕事が全部ロボットに置き換わったら、私たち人間に「給料」を払ってくれるのは誰ですか?

先輩(A): あ……。 ロボットは給料をもらわない。人間はクビになる。……あれ? 誰も給料をもらえないなら、誰がその「激安のスマホ」を買うんだ?

後輩(B): そこなんです! これが最大の矛盾です。 AIやロボットは「生産」は完璧にこなせますが、「消費」はしてくれません。 人間が労働から締め出されて収入を失うと、いくら安くモノを作っても、経済が回らなくなってシステムが崩壊してしまうんです。

解決策:「労働」と「所得」を切り離す

先輩(A): 詰んだな……。働きたくても仕事はロボットがやるし、働かないとお金が入らないし。

後輩(B): だからこそ、ここで再びベーシックインカム(BI)の登場です。 AI時代におけるBIは、単なる「生活保護」や「福祉」ではありません。 ロボットたちが生み出した膨大な生産物を、人間がちゃんと消費できるようにするための「経済の循環ポンプ」としての役割を果たすことになります。

先輩(A): なるほど。「働いた対価としてのお金」じゃなくて、「経済を回すための参加チケット」としてお金を配る必要があるわけか。

後輩(B): そうです。 「労働と所得を切り離す」というと不道徳に聞こえるかもしれませんが、ロボットが労働を肩代わりしてくれる未来では、そうしないと社会が成り立たないんですね。

未来:人間に残される「価値」とは?

先輩(A): でもさ、なんか寂しいな。 人間はただ口を開けて、ロボットが作ったものを受け取るだけの「消費者」になっちまうのか? 俺たちの存在価値って何なんだよ。

後輩(B): 僕はむしろ、人間が「本来の価値」に戻れるチャンスだと思っています。 計算や力仕事といった「機能的な労働」はAIに任せればいい。じゃあ、AIにできなくて人間にしかできないことって何でしょう?

先輩(A): うーん……。 やっぱり、他人を思いやったり、面白いことを考えたり、芸術を楽しんだりすることか?

後輩(B): まさに! さっき話した「贈与経済」的な活動です。 子育て、ケア、創作、遊び、地域の祭り……。 これまでは「お金にならないから」と軽視されてきたこれら人間らしい営みこそが、これからの時代には「最高の価値」を持つようになります。

先輩(A): そうか。 「生きるために嫌々働く」時代が終わって、「人間らしい活動(贈与や創造)」そのものが活動の中心になる。 そのための土台として、BIとロボット技術があるってことか。

後輩(B): はい。労働価値説の終わりは、悲観するようなことじゃありません。 それは、価値の基準が「汗水たらした量(苦役)」から、「人間としての豊かさ(創造と共感)」へと進化する合図なのかもしれませんね。

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