
資本主義はなぜ行き詰まっているのか?
前の記事ーー「なぜ今、ベーシックインカムが必要なのか?」ーーでも触れたように、私たちが生きる資本主義社会は今、明らかに行き詰まりを見せています。環境は破壊され、格差は拡大し、経済成長は鈍化し、人々の心から希望が失われつつあります。では、なぜ資本主義はこのような限界を迎えてしまったのでしょうか。
それは、資本主義というシステムが内包していた「構造的な歪み」が表面化してきたからです。つまり、これは単なる政策の失敗ではなく、システムの根幹に当初から組み込まれていた矛盾がもたらした必然的な結果にほかならないのです。
では、その「矛盾」とは一体何でしょうか。一言で言うなら――「市場経済と社会のあいだの相克」です。
ならば市場経済と社会との相克とは一体何でしょうか?
資本主義社会の二層構造
これを理解するには、「社会」と「経済」の関係をより深く掘り下げる必要があります。
ここで社会を広義の経済システムととらえてみましょう。社会は人と人、人と自然との相互作用からなるひとつの有機体です。ここでの相互作用をエネルギーの交換を含む広義の取引活動とみなせば、社会はひとつの大きな経済システムとみなすことができます。
さて、その上で現代の資本主義社会を眺めると何が見えてくるでしょうか。
真っ先に目につくのは、私たちにも馴染み深い領域です。すなわち、貨幣を媒介とする「市場経済」の領域です。市場経済領域というのは、等価交換原理が支配する領域です。等価交換原理というのは、何かを受け取るにはそれに見合う対価を必ず提供しなければならないという原理です。同時に市場経済においてはその対価はお金でなければならないという原理もあります。すなわち市場経済領域というのはお金の論理で動く世界といえるでしょう。
その一方で、目を凝らせばその背後には、それとは異なるもう一つの領域が見えてきます。それは、たとえば家族や親族です。またそれを中心とした村や町といった地域共同体です。さらに視野を広げればそこには国家も含まれるでしょう。これらの領域はお金の論理とは別の論理で動く世界です。むしろ、お金の論理を持ち込むことがタブーとされる領域でもあります。
これらの領域を、ここでは「贈与経済圏」と呼びましょう。その名の通り、この領域は主に「贈与原理」によって動いているからです。

贈与原理というのは、フランスの社会学者・人類学者であるマルセル・モースが提唱した概念です。あえて簡潔に示すなら「贈り物を交換することによって生まれる人間関係と、そこで働く行動原理」といえるでしょう。それが文字通りの「交換」なのかどうかについては学者の間でも意見が分かれているようですが、仮に交換だとしてもそれは等価交換ではなく不等価交換であるのが特徴です。
いずれにせよ、この贈与原理は、価値を明確にする等価交換をベースとする市場原理とは一線を画すものです。ある意味、むしろ対極にある原理といってもよいでしょう。
贈与経済圏を支える三つの柱
さて、この贈与経済圏ですが、具体的にはどのようなものなのでしょうか。それを整理したものが次の三つです。
① 家族と共同体
まずはじめに挙げられるのは、家族、友人、地域共同体、国家などです。このうちわかりやすいのは家族でしょう。たとえば母親が子供を可愛がり、世話をするのはたんに自分がそうしたいからです。もっといえば愛情を与えたいからです。
いやそれは老後の面倒を見てもらう見返りにそうしているにすぎないという冷めた見方もあるかもしれません。もちろん、そういう側面がまったくないとはいいません。けれど、仮にそればかりであったなら、将来リターンが得られる見込みがないと判明した時点で「損切り」の対象となり、路傍に捨てられる子供が続出していたはずです。それに、もし本当にそうだったなら家族制度など、とうの昔に崩壊していたことでしょう。
家族ばかりではありません。友人や地域共同体、国家なども家族の延長とみなせばそこにある原理は同じです。つまり、それらもまた家族と同様、贈与原理をもとに動く世界であり、市場経済とは異なる性質をもつ領域といえるでしょう。
② コモンズ(共有財)
もうひとつ、贈与経済圏に属するものとしてコモンズが挙げられます。コモンズというのは、森林や牧草地など誰のものでもなく、誰もが自由に使える共有資源のことです。もっとも、私有化が進んだ現代では、そのような地理的・物理的なコモンズはいまやほとんど存在しえないのが現実です。そのため現代においては、主に知識や文化、言語、道徳といった無形の資産がそれに相当するといえるでしょう。
これらコモンズは、交換の原理に基づかず、一方的に提供され、見返りを求められないという特性を持っています。この点において、コモンズもまた贈与経済圏に属するものといってよいでしょう。
③ 自然環境
太陽や地球といった自然環境も、贈与経済圏のひとつです。太陽は光と熱を無償で与え、地球は空気や水、土地の恵みを対価なしに提供します。このように、自然はすべての生命に対し一方的に恵みを与えるだけで、その見返りは一切求めません。ここにあるのは、等価交換どころか不等価交換ですらありません。それは見返りを一切求めない、いわゆる「純粋贈与」です。こうしてみると自然環境は、もっとも典型的な贈与経済圏といえるでしょう。
資本主義の土台を支えるもの
以上、資本主義社会が市場経済圏と贈与経済圏の二層構造であることを見てきましたが、ここで重要な点を指摘しておかなければなりません。それはこの二層構造において市場経済が贈与経済圏の上に成り立つ上部構造であるということです。
贈与経済は市場経済よりもはるかに古いものです。それどころか、人類社会の誕生とともに生まれ、今もなお存在し続けているものです。そして、いうまでもなく資本主義的市場は、その上に後から築かれたシステムです。すなわち市場経済は、贈与経済圏があってはじめて誕生したのであり、その逆ではありません。
したがって、市場経済圏が贈与経済圏の上部構造であることは別に不思議でもなんでもありません。むしろ当然の事実といえるでしょう。
では、そのことがなぜそれほど重要なのか? これについてはまた別の記事でじっくりと解き明かしてみたいと思います。
