ニートとボランティアの増加は形骸化した労働教への反動である


外敵と戦うこと、自然の脅威に立ち向かうため土木工事を敢行することー。そうした仲間のために命を張る行為は当然ながら共同体内部で高く評価されてきた。働くというのは本来共同体のために労働することを意味し、労働の美徳というのもそうした利他的な行為に対する共同体からの尊敬の念が転化したものである。
それがいつしかその内容いかんにかかわらず労働であればみな尊いということになってしまったのが現代社会である。現代社会のゆがみの根源はそこにある。労働を忌避するニートや無償の人助けに意味を見いだすボランティアの増加は、そうしたゆがみへの無意識の抵抗であり、ある種の反乱といえるだろう。
尊ぶべきは利他的な行為であり、けっして利己的な利益追求ではない。仏教と同様形骸化した現代の労働教が祀っているのは利他主義という本来のご本尊ではない。そこに鎮座しているのはご本尊になりすました利己主義という魔物である。

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