お金とベーシックインカムのテトラッド分析

メディア学者のマーシャル・マクルーハンは、世の中にある道具や技術をすべてメディアだとみなした上で、それを分析するための手法として「テトラッド」というフレームワークを提唱しました。

それによると、メディア(=テクノロジー)には次の四つの側面があります。

「強化」=それは何を拡張し、強化するのか?
「衰退」=それは何を追いやり、廃れさせるのか?
「回復」=それは廃れてしまった何を回復するのか?
「反転」=それは極限まで進行したとき何に転じるのか?

このテトラッドをもとにお金とベーシックインカムを分析してみたいと思います。

お金のテトラッド分析

<強化> 消費・生産の拡大
<衰退> 清貧
<回復> 欲望(の解放)
<反転> 格差による消費の困難および生産の阻害

お金が強化するのは、市場とそこでの交換可能性です。これはモノの獲得能力の拡大と言い換えられるでしょう。それは消費を刺激し、さらに生産を刺激します。すなわち、それが強化するのは消費社会そのものということになります。

一方、消費・生産の拡大にともない、欲望が解放されます。すなわちそれまで抑圧、あるいは制限されていた欲望が「回復」されることになります。

またそれによって清貧ーー足るを知るという生き方、もしくは考え方が衰退することになります。

では、それは何に反転するのでしょうか? それが向かう先にあるのは格差の拡大です。お金をめぐる競争は一部の人によるお金の独占状態をもたらし、その結果、お金が回ってこなくなった他の多くの人たちは消費から遠ざけられることになります。さらに消費をする人が少なくなれば当然ながら、生産も頭打ちになります。

こうした歪みが進行すると今度はそれを是正する新たなテクノロジーが生まれてきます。現在その有力候補となっているのがデジタル貨幣やフィンテックであることに異論はありませんが、ここではもうひとつの候補を挙げたいと思います。ベーシックインカムです。ベーシックインカムを社会工学技術とみなせば、それもまた「新たなテクノロジー」のひとつととらえられるはずです。

というわけで、次にベーシックインカムを分析してみましょう。

BIのテトラッド分析

<強化> 消費および生産の安定
<衰退> 貨殖欲求
<回復> 贈与原理
<反転> 贈与競争

ベーシックインカムが強化するのは、生活の安定です。極限まで行き着いたお金によって阻害されてきた消費・生産・分配がバランスよく回復され、強化されるのですから、当然の成り行きといえるでしょう。

と同時に、飽くなき貨殖への欲望は衰退するでしょう。誰もが一定額の貨幣を毎月必ずもらえるわけですから、その希少性は相対的に低下し、それに従い、万人の万人に対する貨幣獲得競争も次第に熱が冷めていくはずです。

一方、そこで回復されるのは、贈与原理です。贈与原理というのは、相手に贈り物をすること、またそれに返礼をすることーー互酬ーーを人間関係の基礎とする行動原理です。日本では「おすそわけ」という習慣でも知られています。これは貨幣経済が浸透する以前の社会では世界中どこでも見られた普遍的な行動原理であり、そこでは共同体の他の成員に何らかの「価値あるもの」を無償で与えることが社会的地位を示す証として賞賛されます。

では、それは何に反転するのでしょうか? それはおそらく贈与競争ではないかと私は考えています。与え合うことが贈与原理だというと、いかにもユートピア的な光景を思い浮かべるかもしれませんが、実際は違います。贈与というのは、本質的に贈り物をすることで他者に優位に立とうとする行為だからです。そのことは私たちが人に何かを贈られたり、食事をおごられたりする時に感じるひけめを思い出せば納得していただけるのではないでしょうか?

この贈与競争として有名なものにポトラッチがあります。ポトラッチというのは、北米先住民の間で見られるある種の葬祭儀礼で、そこでは裕福な家庭や部族の指導者が客に贈り物をして歓待することが自らの権勢を誇示することになります。そこにあるのは、より高価な贈り物をした方が社会的な威信と名誉が得られるという考え方です。

身もふたもない言い方をしてしまえば、要はマウント合戦です。極端な場合、貴重な品を自ら破壊することでマウントを取るということも行われたようで、そのことからもわかるようにここには必ずしもプラスの側面ばかりがあるわけではありません。

しかし、それでも飽くなき欲望の解放がもたらした有限な資源の奪い合いという現在のほとんど制御不可能な「お金」のテトラッドよりは、こちらの「BI」のテトラッドの方がまだどうにかコントロールが可能なのではないかと私は考えています。