貨幣権力とは?──お金が人を支配するメカニズム

前回採り上げた「贈与経済」と並んで、ベーシックインカム(以下、BI)を理解する上で欠かせない視点がある。それが「貨幣権力」という考え方である。

少し難しそうに聞こえるが、要するに「お金が社会や人々の行動を支配する力」のことだ。現代社会では、政治も経済も、さらには人間関係までもがお金の影響下にある。私たちは日々、意識することなく「貨幣権力」という見えない支配構造の中で生きているのである。

貨幣権力の四つの側面

では貨幣権力とは一体どのような力なのか。ここではその主要な側面を四つ挙げてみよう。

第一に、欲望を叶える力である。
食べ物、住居、衣服、娯楽、サービス。資本主義社会ではお金さえあれば、ほとんどの欲望を満たすことができる。現代人の多くは「お金さえあれば何でも手に入る」と信じており、その結果、貨幣はまるで願いを叶える“魔法の杖”のように扱われている。

第二に、人を支配する力である。
誰かを雇う、依頼する、従わせるーー。お金は人の行動をコントロールする手段になっている。「札束で頬を張る」という言葉が示すように、貨幣には他者の意志をねじ曲げる力がある。それはしばしば暴力にも近い、圧倒的な支配力へと変わる。

第三に、社会的栄誉をもたらす力である。
現代社会では「お金持ち=成功者」とみなされる傾向がある。富を持つ者は、その富の出所にかかわらず尊敬や羨望を集める。貨幣は単なる交換手段ではなく、「価値ある人間」の象徴として機能しているのだ。これは経済学の合理性では説明できない、貨幣が持つ呪術的側面といえる。

第四に、安心を提供する力である。
「もしもの時のために貯金する」という行為が示す通り、貨幣は不安を和らげ、心理的な安定をもたらす。人はお金を、生命の保証や安全の象徴として心の支えにしている。

なぜ貨幣はこれほどの力を持つのか?

しかし、貨幣にはなぜこれほどの力が備わっているのか。その理由は、貨幣が他のどんな商品とも異なる特性を持っているからである。

第一の特性は、価値が劣化しないことである。食べ物は腐り、服はすり切れ、機械は壊れる。しかし、お金の価値は(インフレなどを除けば)ほとんど変わらない。つまり貨幣は、この「すべてが朽ちていく世界の中で、唯一朽ちない永遠の存在」とみなされているのだ。そして、この永遠性こそが、貨幣を地上の神のような絶対的存在に押し上げているのである。

第二に、貨幣には時間とともに増える性質がある。
利子という仕組みによって、貨幣は貸し出すことで増える。つまり、貨幣はただ存在しているだけで成長する特別な商品であり、この自己増殖能力が人々の欲望をさらに刺激するのである。

第三の特性は、貨幣が持つ高い流動性である。
土地や美術品のような資産は、他の商品とすぐには交換できない。いったんお金に換えなければならないからだ。しかし貨幣なら、あらゆるものと即座に交換できる。この高い流動性が、貨幣をより魅力的で誰もが欲しがる存在にしているのである。

こうした特性が重なり合うことで、貨幣は単なる商品を超えた特別な存在となった。このような貨幣の絶対的地位を「貨幣の王権」と呼び、その打倒を訴えたのが十九世紀の社会思想家プルードンである。彼にとって貨幣とは「神になりすました偽りの神」であり、人々をその膝下に盲目的に従わせる巨大な信仰装置であった。

貨幣権力を中和するベーシックインカム

このように、貨幣には人間の欲望や行動を支配し、社会全体に影響を与えるほどの強力な力がある。そして、現代社会が抱える諸問題──貧困、格差、過労、孤立など──の根底には多くの場合、この強すぎる貨幣権力がある。

これに対し、BIは、すべての人に無条件で一定の所得を保障することで、貨幣権力の偏在を是正する制度である。それは、貨幣を多く持つ者と持たない者との間に生じる支配・従属の非対称な関係を中和させるための仕組みであり、貨幣権力という見えない鎖から人間を解き放つための社会的試みでもある。要するに、貨幣権力の呪縛をゆるめ、人間本来の尊厳を取り戻すための見えざる革命──それが、ベーシックインカムの本質なのである。

この文章は私の著書『ゲームチェンジャーとしてのベーシックインカム』をベースに新たに書き起こした記事です。この記事の背景にある考え方に興味を持たれた方は、ぜひこちら↓もお読みください。