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AI失業を19世紀のラッダイト運動になぞらえる誤謬

   

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AIは人間の仕事を奪うのか? 歴史が示す意外な事実

今日はこの記事↑をネタにしたい。

この手の議論によくあるのだが、社会全体としての視点ばかりが強調され、個人としての視点が無視されているのが気になる。

社会全体としてみればたしかに少々の変動があっても適応は可能だろう。しかし問題は個人には限界があることだ。それは生物としてあるいは物理的に厳然としてある現実だ。

たとえば、失業者に再訓練を施したとしても使い物になるまでには最低でも1年はかかるだろう。しかし、今のICTによる失業問題に特徴的なのは、変化のスピードが人間の生物的な対応能力を超えて速いことだ。

これは何を意味するか? 1年間の再教育訓練の間に、勉強中の技能が時代遅れになってしまう可能性があるということだ。そこまで極端ではないにしろ再就職後、わずか数年で陳腐化してしまう可能性があるということだ。

そうなればその失業者はまた一から出直しだ。

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若いうちならまだ対応できるだろう。しかし年を重ねればいつしかそれにも限界が来る。

まず高齢者がこの適応サイクルから落ちこぼれるだろう。そしてAIの進化と歩調を合わせるように若者の中にもそのサイクルから落ちこぼれるものが大勢でてくるはずだ。そうしてやがて社会全体が適応できずに全員が落ちこぼれになってしまう時が来るだろう。これは労働供給におけるシンギュラリティである。

問題は、変化自体ではなくその速度なのだ。その速度が、19世紀の産業革命などとは比較にならないほどのスピードで進んでいることが問題なのだ。

だから19世紀のラッダイト運動の歴史をみて今回も心配不要というのはあまりにも短絡的な見方だし、現実をみない机上の空論であり、無責任な意見といえるだろう。

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