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男女平等は本当に男女平等なのか?

   

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男と女の戦争―反フェミニズム入門

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「一人暮らしだけど、家事なんて楽勝だよね。家事がどれほどたいへんかを訴え、女性の権利をどうのこうの言ってるフェミニストってなんなのよ!?」。なあんていうと、即座にこんな反論が来る。

「家事はいいとしても、女性にとって子育てがどんなにたいへんな仕事か、あんたわかってんの?」。

出た!これぞブさよフェミナチの必殺技、論点ずらしの術である。ある論点で分が悪いとみるや別の論点に焦点をずらす。これが、連中のいつものやり口である。

残念ながら、私が言っているのは、子育てのことではない。子育て以外の家事全般、具体的には炊事、洗濯、掃除である。子育てが楽勝だなどとは一言もいっていない。

そもそも歴史をひもとけば、子育ての大変さとその大切さが男女の間で共有されてきたからこそ、男は外で仕事、女は内で家事、という役割分担が始まったのではないのか。

弱肉強食が支配する野蛮な世界で女性とその母性を守るためには、男はいざとなれば命をも盾にする必要がある。男はそのことを心の奥底で知っているし、少なくとも日本人男性の多くは「男とはそうあるべきだ」といまもなお心のどこかで思っているはずだ。男女の役割分担というのは、そうしたことの必然的な結果として生まれたものだと私は思っている。

さらにいえば、この役割分担、すなわち男は男の分を、女は女の分を守るという考え方は、お互いを尊敬しあうための工夫でもあったはずだ。たとえば、今のように便利な機械や道具がなかったその昔、同じ家事といってもなかには男手の必要な力仕事もあっただろう。そのあたりはどうしていたのか? 「そこは俺にまかせろ」「あなたお願いね」という風にそこはやはり男の出番だったのである。

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そこには男性の筋力の強さを女性が敬い、男性もまたそれを誇りにするという構図があった。同様に、女性ならではの細やかな気遣いが要求される針仕事や水仕事については逆に、男性がそれを敬い、女性もまたそのことを誇りにするという構図だっただろう。

要するに、男女の役割分担というのは、互いに助け合うためだけでなく互いの尊厳を確かめあうためでもあったのだ。「男子厨房に入らず」という言葉は、料理という日常の家事仕事を蔑んだ言葉ではけっしてない。女性への尊厳を踏みにじらないよう、女性たちの聖域を汚さないための男性側による自戒の言葉であり、それに対する尊崇の表明でもあったのだ。そうした古来からの知恵を無視して、女性にも権利をとか、男女平等とか、大衆受けする耳障りのよい言葉でむやみにごり押ししはじめたのがそもそもの間違いだったのではないか。

もちろん、だからといってイスラム社会などにいまも見られる、どうみても理屈に合わない男尊女卑のふるめかしい制度を弁護しようというわけではない。そうではなく、男女の役割分担というのはむしろ男女の真の平等をはかるための工夫という側面もあったのではないかということをいいたいだけなのだ。

「女性に暴力を振るうなど男の風上にも置けぬ」という。この言葉ががしめすように、昔から日本の男性はむしろ女性を大切にするよう教育されてきたはずだ。なのに、どうして昔よりはるかに男女平等になったはずのこの現代に、DV(家庭内暴力)なる言葉がまんえんしているのか。

男女平等の世の中のはずなのに、どうして男性による女性への理不尽な暴力が増えているのか。これだけをみると現代のほうがむしろよほど男尊女卑的であるように思われる。

そう考えると、われわれがよく教科書やテレビなどでみたりきいたりする昔の日本人男性がよくやっていたとされる暴力的で支配的、高圧的な、いわゆる男尊女卑のふるまいなるものも本当にあったのか、疑問に思えてくる。もしかしたらそうしたイメージは、戦後、意図的につくられたステレオタイプでしかなかったのではないかーー。

男性の性欲と攻撃欲求、暴力への衝動やらなにやら、女性には理解しにくいかもしれないが、男性性というものは本来制御が難しいものである。自然の生理として、あるいは生物学的にいわば矛盾のかたまりとしてつくられているのが男性なのである。もちろんその意味では、女性もまたしかりであろう。

しかし、そうした矛盾にうまく折り合いをつけようとして生まれたひとつの回答が、男女の役割分担だったのではないのか。つまり、男女の役割分担というのは生物学的、心理学的な存在である人間がより自分らしくあるための自然の知恵でもあったのではないか。また、そうした自然の知恵をたんに古くさいものとして退け、無視してきた結末が現代社会における混乱の要因のひとつになっているのではないかーー。

そうしてみると、いまのこの社会の混乱と矛盾を生み出したのは、人間の生物学的、心理学的な側面を無視し、経済的、社会的な側面からだけみようとする一部の唯物論を掲げる勢力によるごり押しだったように思うのだが、どうであろうか。

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