黙って食え!(餃子編)

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餃子からかいま見えるシルクロードロマン

餃子の起源については諸説あるものの詳しいことはまだわかっていません。ただ春秋戦国時代の遺跡にその痕跡が残っていることから、紀元前6世紀頃の中国ではすでに餃子が食べられていたものと推測されています。

一方、餃子に類した食べ物は中国以外にもあり、その分布はユーラシア大陸全域に広がっています。なかでもよくしられているのが、ロシアのペリメニ、ポーランドのピエルク、トルコのマントゥなどです。またイタリアのラビオリも中国の餃子をもとにイタリア人の口にあうように変化したものといわれています。

ここからみるかぎり、紀元前の中国のどこかに誕生した餃子がシルクロードを通るキャラバンなどによってユーラシア大陸の各地に伝えられていったと考えるのが自然のようです。しかしその是非はともあれ、ここで間違いなくいえるのは餃子が2000年以上の長きにわたって多くの民族に愛され続けてきた食べ物であるということです。

そうやってあらためてみると、あ~ら不思議、目の前にあるなんのへんてつもない餃子がなにやら貴重な歴史的遺物にみえてくるようなーー。ということで、今宵はシルクロードに興亡した民族が織りなす悠久の歴史に想いを馳せながら、餃子という名のロマンをつまんでみてはいかがでしょうか。

戦後の餃子ブームは、アメリカの占領政策がルーツ!?

日本人は餃子が大好きです。かくいう私も大好きですし、半世紀以上生きてきたこれまでの人生の中で、餃子が嫌いという日本人に出会ったこともありません。それにしても、なじみのない異国の料理であったはずの餃子がなぜこれほど日本人に受け入れられるようになったのか、考えてみればちょっと不思議ですよね。

餃子が日本に広まったのは戦後のことですが、一説によればそのきっかけとなったのは中国からの引揚者といわれています。それによると中国、とくに満州に住んでいた日本人が帰国後、故郷で餃子の屋台やお店を開いたところ、その味が評判になって全国に広まったのだとされています。 とはいえ、それだけでは戦後になって餃子がなぜあれほど爆発的に広まったのかに対する説明としては不十分なように思えます。

というのも、もともと日本人は淡白な味を好む性質だったはず。なのに油っぽい餃子が戦後を境に受け入れられるようになったのはなぜなのかという素朴な疑問が残るからです。

そのあたりの謎を解く鍵となるのが、戦後、急激に変化した日本人の食生活ではないかとわたしはにらんでいます。よく知られていることですが、アメリカの占領政策によって日本人の食生活は一気に洋風化が進みました。なかでも「鍋からフライパンへ」という言葉が象徴するように、それまでの煮物中心のあっさりしたメニューから一転、カレーやハンバーグ、中華など油分の多いメニューが多く食卓に並ぶようになったことはきわめて重要な変化でした。 そうした変化をひとことで表現すれば家庭料理の「油食化」といえるかもしれません。

これによって日本人の舌が油っこい料理にも対応できるよう徐々に変化をとげたのではないでしょうか。そして、この味覚の変化こそが、戦後、あれほど急速に餃子が日本人の間に広まった理由だったのではないかと、わたしは考えています。 もちろん、これはわたしの勝手な憶測であり、正しいかどうかはわかりません。けれどラーメンにしろカレーにしろ、およそ現代日本の国民食と呼ばれるものの多くが例外なく油分たっぷりのギトギト系なのは、こうした日本人の味覚の変化を抜きにしては説明がむずかしいように思うのです。

ワーグナーの餃子とモーツアルトの餃子

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わたしたち日本人は餃子という言葉を聞くと、だれもが似たようなイメージを思い浮かべるのではないでしょうか。独特の三日月型の形状をもつ、白い皮に包まれた例の「あの」典型的な餃子ですね。

しかし、じつはひとくちに餃子といってもその種類はじつにさまざま。 餃子の分類方法にはいろいろありますが、ここでは便宜上、主食系と点心系に分けてみましょう。

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主食系というのは、厚めの小麦粉の皮で包んだ餃子で、腹持ちのよい文字通り主食代わりに食べる餃子です。皮はもっぱら小麦粉でできていて、具は豚肉や羊肉の他、ネギやニラ、白菜などが一般的。その昔米がとれなかった中国北方でよくみられる餃子です。また見た目も大きく、お腹もふくれることから、たとえていえば三国志の英雄豪傑が酒を片手に豪快にほおばるーそんなイメージをもつ餃子といえるでしょう。

それに対して点心系というのは、お茶と一緒に間食として食べられることの多い餃子です。皮は比較的薄く、小麦粉の他、米粉なども使われます。また具には豚肉だけでなくエビやホタテなども使われ、複雑な味わいがあります。飲茶の習慣のある中国南方で発達したいわゆる点心のひとつで、半透明な薄い皮で金魚をかたどるなど造形的にも趣向をこらしてあるのが特徴です。北方餃子が英雄豪傑だとしたら、こちらはさしずめ文人墨客が談笑しながら詩を論じているーそんな雰囲気をもつ上品な餃子といえるでしょう。

ところで話は飛びますが、音楽と料理はよく似ています。どちらも心を満たしてくれるからです。料理は五感で味わうものといいますが、わたしたちは五感ばかりでなくじつは心でも料理を味わっているのです。心で料理を味わうことーーそれは、料理の裏にかくされた文化的背景がもつその雰囲気、気配を感じ取るということにほかなりません。さらにいえば、この気配とは料理が奏でるある種の音楽ともいえるでしょう。 北方の豪傑餃子と南方の文人餃子。ひとくくりに餃子といってもそれがよって立つ文化的背景はさまざまです。であれば、餃子を食べる時ちょっと耳を澄ませて「これはワーグナーだな」とか「ん?これはモーツアルトだな」とか、妄想をたくましうしながら、それが奏でる「音楽」をさぐりあてるのも一興かもしれませんね。

餃子の種類

水餃子

餃子をお湯でゆでたもので、中国で普通餃子といえばこの水餃子をさしています。煮崩れしないよう皮が厚いのが特徴で、歯ごたえのあるつるっとした食感が食欲をそそります。もともと米がとれなかった中国北方で発達した料理ということもあり、日本のようにご飯のおかずとしてではなく、主食として食べられています。なお日本では中華スープに入れたものも水餃子と呼ぶこともありますが、こちらは「スープ餃子」であり、水餃子とはまた別物。

焼餃子

油をひいた鉄板で焦げ目をつけてから蒸し焼きにしたもの。皮が薄く、噛んだときのパリッとした歯触りとあふれでる肉汁がご飯のおかずに合うことから、日本ではこの焼餃子が一般的。水餃子しか知らない中国人の多くが、日本の焼餃子をみて驚くといいますが、焼餃子自体は中国にもあるようです。ちなみに日本で焼餃子が主流になったのは、終戦後、満州からの引揚者が広めたためといわれています。

スープ餃子

水餃子をスープの中にいれたもので、中国では湯餃(ユイチャオ)と呼ばれています(中国語で「湯」は「スープ」の意味)。日本では水餃子とスープ餃子を一緒くたにしているところもありますが、本来は別もの。これに近い料理にワンタンスープがあります。

蒸し餃子

中国南方に多い餃子で、いわゆる点心のメニューの中に多くみられます。味が外に逃げないため、皮のもちもちした食感とこくのある味わいが楽しめます。小麦粉ではなく米粉を使ったものは、皮が半透明で見た目も美しい。

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