アースハック

行き詰まったこの世界のOS(オペレーティングシステム)を刷新する道を探ります

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現代社会における多くの問題の根源に横たわるのは貨幣の専制支配である。
本来誰もが平等であるはずの市場において貨幣が他の商品に対して優越的立場にあることこそが問題なのだ。
貨幣は市場における絶対君主であり、他の商品はそれに従属する僕にすぎない。貨幣は市場における神なのだ。
そのため貨幣の所有者である買い手は売り手に対してあたかも専制君主のごとくふるまうことができる。
これがあらゆる不平等の根源である。あらゆる社会問題の根源である。
問題は貨幣にある。われわれにとっては貨幣こそが本能寺なのだ。われわれは貨幣の絶対王権を打ち倒すべきである。
 

プルードンの貨幣改革について
http://grsj.org/colum/colum/prouhdon_kaheikaikakunitsuite.htm
プルードンが「権力」とか「権威」と呼ぶものは別に政治の世界に限ったことではないのです。それは経済の世界にもみられるのです。  仮にいまAが商品をもち、Bが貨幣をもっていると考えましょう。両者が市場で取引する場合、商品をもっているAよりも貨幣をもっているBの方が有利なことはいうまでもないですね。プルードンはこうした場合、貨幣は商品に対してつねに「交換可能性」をもっているからだと考えました。貨幣をもってさえいれば、いつでも、また誰からも商品を容易に手に入れることができますね。この「交換可能性」は今日の言葉で言えば、「流動性」といってもよいでしょう。貨幣はいつでもあらゆる商品に交換されるという意味で、「流動性」は100%ですね。それに対して商品財貨は必ずしも販売されるとは限らないという意味で、貨幣に比べてあまり「流動」的であるとはいえません。つまり商品と貨幣はその意味で「同等性」をもっていないことになります。従って先のBがAに対して優位に立つという意味で、二人は「同等」ではないことになります。プルードンはこのような貨幣の商品に対する優位性を貨幣の「王権」と呼び、政治権力のもとでの支配-服従にも似た関係が経済の世界にもあると考えました。

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